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  • 2015/01/05(月) 22:42:26.29
 戦闘・非戦闘あらゆる原因による日本の陸海軍機の損失は、開戦当初の月平均約500機から、
1944年後半に月2000機以上に上昇した。戦争の過程における総損失機数は50000機の多きに昇ったが、
その40%弱が戦闘損失で、残りの60%強が訓練、輸送その他の非戦闘損失だった。
 したがって、日本は戦争中ほとんどどの月でも、その航空部隊の数字上の機数を増すことができた。
数字上の戦力は戦争勃発時の戦術機2625機から、降伏時の戦術機5000機に加え、カミカゼ機5400機にまで上昇した。
 搭乗員総数は戦争勃発時の約12000名から降伏時の35000名強に増加した。
http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/ussbs09.html

 1944年10月から沖縄作戦終了まで、日本は2550機のカミカゼを飛ばし、うち475機18.6%が有効で、
確実に命中あるいは至近弾効果となった。空母12隻、戦艦15隻、16隻の軽空母・護衛空母を含むあらゆる艦種
の軍艦が損害を受けた。しかし、沈没した一隻の護衛空母より大きい艦はなかった。およそ45隻が沈没したが、
その多くは駆逐艦だった。日本は大型艦を沈めたという膨張された主張に彼等自身騙され、大型艦を沈める
にはより重量のある爆発弾頭が必要であるという技術者達の忠告を無視した。アメリカが被った実際の被害
は深刻であり、大きな心配をもたらした。のべ2000機のB29が日本の都市と産業への直接攻撃から、
九州のカミカゼ飛行場を攻撃する為に振り向けられた。日本がより大きなパワーで集中的な攻撃を持続し得たなら、
我々の戦略計画を撤回若しくは変更させ得たかもしれない。
 降伏時、日本は本土にカミカゼ攻撃用として利用可能な9000以上の航空機を有し、少なくとも5000機は我々が
計画していた侵攻に抵抗するために自殺攻撃用の装備をすでに備えつけていた。
http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/ussbs10.html

チャーチルがドイツ分割占領に対する考えを、突然、変更したのも、夥しい血が流されたこうした作戦の
さなかであった。チャーチルはソ連にドイツの中央部を分け与えるように線引きされたローズベルトの
占領計画案を以前は拒否していたにもかかわらず、今度は自分の計画を変更して、強引に仮協定に調印した。
http://www.nids.go.jp/publication/senshi/pdf/199803/08.pdf

イエナはチューリッヒ州にあるため、ソ連占領地であることが合意されていた。ところが、ソ連の占領が
もたついたため、カール・ツアイスの確保をもくろんだ米国は、イエナをいち早く占領してしまった。
しかし、ソ連の抗議によって、最終的には、イエナはソ連に引き渡された。結局、実際の現場のドサクサ
紛れの占領よりも、首脳間の合意が優先するという、当たり前の結末に至っている。
http://cccpcamera.asablo.jp/blog/2007/07/01/1617254

戦力の編成と犠牲者に関する統計が、アメリカのこうした戦略的選択を反映している。転出や部隊再建が
なされたことを考慮に入れると、太平洋戦争において連合国が対戦し、壊滅せしめた日本陸軍の師団の数
はわずか 28 個にとどまり、その半数は、フィリピンに配備され戦ったものであった。連合国の地上部隊は、
アメリカ陸軍 21 個師団と6つの海兵師団、オーストラリアあるいはニュージーランド軍の7個師団から
なるものであった。ビルマで戦い、インド、アフリカおよび英国の師団で編成された第十四軍も、
最終的には日本の 12 個師団と対峙し、その大半を破った。この他、日本軍は当時アジア北部にはおよそ 50、
本土に 50、そのほかフォルモサ島(台湾)に7、東南アジアに 12 の師団を派遣したが、1945 年 8 月の
ソビエト連邦の短い軍事行動を除き、連合国は日本陸軍とは殆ど交戦していないと言える。
http://www.nids.go.jp/event/forum/pdf/2007/forum_j2007_05.pdf

ナルィシキン議長は、ナチス・ドイツの同盟国だった軍国主義・日本に対する勝利は基本的に、
ソ連軍による関東軍壊滅によって確保されたため、軍事的視点から見て、日本の平和な都市・長崎
と広島への原爆投下は一切説明のつかないものであると指摘した。
http://japanese.ruvr.ru/news/2014_12_25/281700424/

沖縄戦に参加したアメリカ人やイギリス人は、「ひどい不公正だと感じた」と言い、空でも陸でも
「自殺攻撃」してくる日本人をみるたびに、「なんでこいつらは親玉のドイツ軍が降伏したっていうのに、
まだ戦争をやりたがるんだ」と考えたもののようだった。
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/06/05/pacificwar/

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  • 2017/10/16(月) 21:47:41.45
そのあたりが悲しいところだね。急降下態勢に入った時点で
特攻しようがしまいが、まず生還は期待できないくらい
対空防衛が周密だったわけで。

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  • 2017/10/20(金) 10:40:57.05
>>616
会敵したら特攻の損耗率は100パーセントじゃないの?

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  • 2017/10/20(金) 12:43:09.23
>>618
全体で見れば誤差の範囲になってしまう。
特攻は敵艦を発見すれば帰りを気にせず全速で突っ切れるが
通常攻撃は編隊組んでゆるゆる飛ばなきゃいけないから
まず辿り着くまでに撃墜される機が多くなる。

さらに通常攻撃は、熟練の搭乗員と、高性能な機体が回され
艦爆・艦攻の搭乗員は2〜3名になるが
特攻は単発機でも可能。
同じ一機の損失でも通常攻撃の方が失われるリソースが大きい。

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  • 2017/10/20(金) 14:06:21.07
ゼロ戦あたりでも現在の時価総額で4億円くらいしたみたいだから
末期の日本軍には厳しかったろうね。双発機とかならもっとしたろう。

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航空機の単価はまだ安い方。

軍艦と比較すれば
駆逐艦1隻で、単発戦闘機で200機。
B‐29なら50機分の生産コストだから。

ここまで見た
それかんがえたら駆逐艦隊で野戦かけるより航空機で
襲撃するほうが圧倒的にコスト安だったんだな。つっても
資源の制約はあるんだろうけど

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  • 2017/10/23(月) 12:43:41.18
>>621
新型防空駆逐艦「秋月型」 1919.4万円

駆逐艦「橘」 932.6万円

零戦の単価 16万円 

800キロ爆弾 600円

B-29の製造単価60万ドル(約255万円)。(開戦時の1ドルは4.25円)

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  • 2017/10/23(月) 14:58:07.96
ゼロ戦16万つうと、だいたい8億くらいか。けっこうするんだな。
何かで4億くらいみたいなの読んだことあったけど。まあ動員体制での
生産だから単価なんかあって無いような指数なんだけど
比較対象としては参考にすべきか。

ここまで見た
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  • 2017/10/24(火) 06:34:04.34
>>629
物価が違うから、アメリカと日本の兵器の値段を並べるのは間違い。
大和の建造費は当時のレートでサウスダコタ級の半分になる。

アメリカの最も標準的な駆逐艦は1000万ドル。
P−51の生産コストは5.1万ドル
もっと大型の駆逐艦もあるから、約200機相当と見て良い。

駆逐艦がB‐29の50機相当というのは正しくなかった。
双発爆撃機で40機〜100機
4発爆撃機で十数機〜30機というところ。

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  • 2017/10/24(火) 06:34:51.03
訂正>>623

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  • 2017/10/24(火) 13:24:06.94
金本位制なんだから「物価が違う」という考え方はあまり意味ないよ
安いコストで大量生産できるところまで含めて数値通りでいいのさ
〇〇なハズだからと数値を恣意的に操作するところからデータの信頼性は
剥げていくのさ

ここまで見た
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  • 2017/10/24(火) 13:28:27.67
ゼロ戦が1期つっこむだけで、50室くらいあるマンションが消えるだけの
国富が吹っ飛ぶんだから、もったいないことこの上ないな。戦争はあかんな。

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  • 2017/10/24(火) 17:22:47.84
>>627
全くの的外れ。
軍事費の比較は物価や購買力平価に基づいて考えるのが常識だよ。

名目レートで比較すると
日本の兵器はアメリカ製に比べて格安だが
それは別に日本の兵器が安価で大量生産に向いていることを意味しない。

P‐51は為替レートに基けば零戦よりも遥かに高額だが
工数は4分の1でしかない。
本来は効率的に大量生産されている米軍機の方がコストが安くてもおかしくない。
単に物価が安いだけのこと。金本位とか何の関係も無い。

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  • 2017/10/24(火) 17:58:14.37
ちなみに戦艦大和の建造コストは、アメリカでは巡洋艦レベル。

大和型1億4000万円
ボルチモア級重巡4000万ドル(1億6800万円)

名目値じゃ比較にならないと速攻で気付かなきゃ。

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  • 2017/10/24(火) 18:26:40.57
物価や購買力平価で数字をさわろうとするからデータが濁るんだよ
そもそも貿易が停止されてる二国間で購買力平価の比較なんかしても
意味ないだろ。日本の賃金は金換算で米国の1/3なんだぞ。

購買力平価なんかで計算したら10年以上前に中国人のPPPは
日本人を上回ってたとかになるのに、そんなデータ使えるわけないだろ。
とにかく素人のくせに恣意的に数字調整してそれ元に強弁するなって。
もともとの、史料の素の数字をもってくりゃそれがいちばんいいんです。

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  • 2017/10/24(火) 18:35:11.46
>>631
意味が分かって無いのか。
むしろ貿易が止まっているからこそ、為替レートなんて意味がない。
物価や購買力平価で比べないと比較にならないわけ。
生産コストは主に物価で決まっているのに、なんで物価を無視するのか全く理解できんわな。

そもそも人口10倍もいて、10倍の人間が経済活動を行っているんだから、購買力平価で中国が日本をとっくに上回っているのは全く自然なこと。
それがおかしいと思う方がおかしい。
仮に中国の物価が日本の半分だとすれば、同じ工数の兵器を作るにも、向こうは半額で作ってくるぞ。

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  • 2017/10/24(火) 18:38:26.56
戦艦大和が重巡以下の生産コストなんて計算で、比較になるわけないだろうが。

賃金がアメリカの1/3なら、「それを考慮しろ」よ。

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  • 2017/10/24(火) 18:58:54.89
大和級 = アイオワ級

みたいな比較は面白いと思うけどね。物価に焦点あてるなら
PPPなんて意味ないんだよ。10年前から日本人より中国人の
ほうが所得多かったとか言われても誰もなっとくせんだろ。
おんなじこと。

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  • 2017/10/24(火) 19:03:41.31
>>634
いやいや兵器や軍事費は購買力平価で比較するのが当たり前だから。
物価が違うのに為替レートなんて持ち出す方が納得されない。

大和級 = アイオワ級
って何の話だ?生産コストか?

アイオワ級の建造費は1億ドル。
為替レートで大和3隻分だよ。

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  • 2017/10/24(火) 19:43:47.74
常識とか言い出したよこいつ

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  • 2017/10/24(火) 20:02:27.04
>>636
アホか。
為替レート換算で元々の論点に戻すなら

米駆逐艦一隻で零戦300〜400機分のコスト。
巡洋艦1隻で1000機以上になる計算だ。
どう考えても費用対効果良すぎるだろうが。
常識で考えておかしさが分からないのだとしたら、相当ヤバい。

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  • 2017/10/30(月) 06:33:59.28
どれぐらいのヤバさ?
アイオワ級?大和級?

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  • 2017/10/30(月) 14:36:37.57
H45級戦艦なみのヤバさ

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  • 2017/10/31(火) 11:04:12.92
戦後戦前辺りの現代史
https://blogs.yahoo.co.jp/worldrecordshow/14559535.html

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ハイラル国王!ばんざーい!!

ヒューン!! ドンッ!

んぐっ!ぎゃぁ〜っ!

GAME OVER ♪ジャ〜ン チャンポ〜ン♪

天皇陛下万歳の真似をして、シーカータワーから落ちて落下死するリンク。
これも、ゼルダの特攻作戦というわけだ…。

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  • 2017/12/26(火) 09:04:53.50
>>534
無差別爆撃した当の米軍自体が
私共は非戦闘員を殺害しましたと。
今までのアメリカの見解に基けば違法に当たってしまいますと
しかも、それが理由で日本に米兵捕虜殺害の正当性まで与えてしまうとすら
内部文書においてハッキリ認めているのに。
https://image.jimcdn.com/app/cms/image/transf/dimension=465x10000:format=jpg/path/sb2199e95fe10e2a1/image/i15b4ce0550a86c0b/version/1413185252/image.jpg

それを日本の捕虜虐待だの侵略戦争だのと
当の米軍すらも思いつかないようなアベコベな詭弁で
必死に無差別殺人を正当化しようとするキチガイが、何で存在できるんだろうね。

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  • 2017/12/26(火) 17:45:31.77
しかもアメリカ人が言わずになぜか韓国人が言ってるんだよw

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  • 2018/01/06(土) 14:51:00.45
特攻に対しての昭和天皇の反応に関してよく言われることは

特攻の報告を受けた昭和天皇が「よくやった」と褒められたというエピソードだ。

この天皇の発言が特攻を助長したとかいう論もあるようであるが、

このエピソードは天皇のこの言葉だけを抜き出しているから引用のしかたが間違っている。

または悪意的である。

昭和天皇が特攻に対して述べたエピソードは三つあり、


そのうち二つは大西瀧治郎中将が計画し、実行させた昭和19年10月21日の

日本海軍による「神風特別攻撃隊」による航空機による体当たり攻撃の報告に対してであり、

10月26日、及川軍令部総長が神風特攻隊の戦果を昭和天皇に奏上し、

昭和天皇(大元帥)から 、「そのようにまでせねばならなかったか。しかしよくやった。」

と御嘉賞のお言葉を賜ったというものと

10月30日に米内海軍大臣に、「かくまでせねばならぬとは、まことに遺憾である。

神風特別攻撃隊はよくやった。隊員諸氏には哀惜の情にたえぬ。」と言われたことである。

ここでは昭和天皇は亡くなった隊員達に哀惜とお褒めの言葉を賜っているが、

特攻作戦そのものを褒めていないことはあきらかである。

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  • 2018/01/06(土) 14:52:24.08
いまひとつのエピソードの出所は侍従武官である吉橋戎三であると思われるが、

彼が語ったのは図上での作戦説明をしている時に、昭和天皇が特攻機が突っ込んだ地点に

最敬礼をし、その後で「よくやったなあ」と言われたというエピソードなのだ。

(「吉橋日記」昭和20年1月7日)

昭和天皇を批判する人たちはこの「よくやった」という言葉だけを抜き出して

特攻隊に最敬礼された天皇の姿は取り上げていない。

特攻で亡くなった若い隊員達に人として国家元首として最大の敬意を示されたのちに

当時の天皇は陸海軍の大元帥という立場から亡くなった隊員達に対して「よくやった」と

述べられたのである。

この発言の時期、そしてエピソードの内容からしてもこの天皇の発言が特攻を助長したということは

ない。

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  • 2018/01/06(土) 14:54:24.51
また、この特攻作戦の生みの親である大西瀧治郎中将が「この作戦を続けていれば

天皇陛下が戦争を停めてくださる」という希望を語っていたのに、昭和天皇は戦争を

停めてくれなかった的な批判意見もあるが、

この体当たり攻撃を計画実行した責任はほかならぬ大西中将にあるはずで

それを昭和天皇うんぬんとは責任の転嫁にしか思えません


また、昭和天皇は最終的に「御聖断」という形で戦争をやめられたわけですが、

その終戦の準備を鈴木貫太郎首相や重臣たちが進めている最中に軍令部次長であった大西中将は

徹底抗戦を主張、「二千万人の男子を特攻隊に送りこめ」という「二千万特攻論」を唱えた

あげく、メンバーでもないのに「最高戦争指導会議」に豊田軍令部長とともに乱入して徹底抗戦を

唱えたという行動は「昭和天皇が戦争を停めてくれる」と願ったという話と矛盾しています。

以上のことから

この大西中将の発言をもって昭和天皇を批判するという見方は間違っていると思われます。

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  • 2018/01/06(土) 18:26:45.34
長文のくせにまさに正論

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  • 2018/01/07(日) 16:22:44.69
よくやったって当たり前じゃね?

日本の為に若者が自ら死んだんだから
日本人全員が良くやったって思わなきゃ浮かばれない。

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  • 2018/01/07(日) 16:25:22.74
特攻を考えた奴に良くやったといったならともかく
特攻した若者に良くやったっていうのは
人間として当然の感情だからね。

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  • 2018/01/10(水) 06:47:39.35
特攻のどの辺が日本の為だったのだろうか?国民は日本にあらずって事かな

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  • 2018/01/10(水) 07:47:48.20
>>650
特攻で米艦隊が甚大な被害を受けた事によって
「延べ2000機のB29が日本の都市と産業への直接攻撃から、九州のカミカゼ飛行場を攻撃する為に振り向けられた」
と、米戦略爆撃調査団レポートに記されている。

東京大空襲では述べ300機の空襲で10万人以上の命が失われた。
延べ2000機の都市爆撃を防ぐ効果というのは、どれだけ評価してもしきれないほど大きい。

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  • 2018/01/10(水) 20:51:43.64
最初期には戦果あがったんだよなたしか。空母も沈めてるし。問題はその後すぐに対策されて
戦果観測(報告)機すら生還できないような状況になっちまったから、戦果があがってるのか
完全に阻止されてしまってたのか戦後まで分からないような状況に陥ったことだな。その時点で
戦果確認デキズとして中止すべきだったというのは適切な批判だけれども、航空特攻じたいを
作戦の一部としたのはむしろ正しい判断だったといえる。

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  • 2018/01/10(水) 20:55:48.86
などと無責任に敗戦を先送りしたせいで数十万の国民が死んだと

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  • 2018/01/10(水) 23:46:35.08
>>652
間違い。
初期の特攻の戦果は、驚異的と言えるほどすさまじいものだった。
第一陣は僅か9機の攻撃機が、6機命中3機至近命中、護衛空母撃沈という驚異的なものだった。

これが末期の沖縄戦以降は、米軍の対策によって7%程度になっていた。
しかしこの数値も通常攻撃と比べれば極めて大きいんだよね。
日本側がそれなりの規模の航空隊を繰り出せたマリアナ沖海戦ですら
出撃400機中、命中弾は1発のみだったのだから。
それと比較しても命中率10倍以上。
結論として、特攻は終戦時まで日本が取りうる最も効率的でキルレシオの高い戦術だったということ。

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  • 2018/01/10(水) 23:54:47.29
>アメリカ軍の公式記録等を調査したROBIN L. RIELLY著『KAMIKAZE ATTACKS of WORLD WAR II』では
特攻によるアメリカ軍の戦死者6,805名負傷者9,923名合計16,728名
Steven J Zaloga著『Kamikaze: Japanese Special Attack Weapons 1944-45』では戦死者7,000名超と集計している。
他にイギリス軍、オーストラリア軍、オランダ軍でも数百名の死傷者が出ている。
連合軍全体では、戦死者12,260名 負傷者33,769名に達したという推計もある。

特攻作戦は、特攻隊の犠牲を遥かに上回る被害を連合軍に与えていた。
連合軍が圧倒的に航空優勢を握っている戦争末期に
これだけの成果をあげているのだから
通常攻撃とは比べ物にならないほど効率的だったのは否定しようが無いんだよね。

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  • 2018/01/11(木) 00:11:45.24
特攻叩きに来る奴って
最初は効果が無かったとか主張してても
効果があった事が明示されると、十中八九
「降伏しないのが悪い」
「そもそも戦争したのが悪い」
と戦争そのものの批判にすり替えるよな。

こういう手合いはヒートアップしてくると
「日本の侵略が悪い」
「米軍の無差別爆撃は正しい」
と、お定まり発狂を始めてお里が知れるんだよね。

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  • 2018/01/11(木) 01:21:08.83
前途ある多くの若者が無念のまま散って逝った一方で、
命令した輩共は手厚い恩給を一生涯受け取り天寿を全うするという不条理



菅原道大陸軍中将:
陸軍特攻の中心だった第六航空軍の司令官。
特攻隊を次々を送り出し、エンジン不調などで戻ってくると「卑怯者!死ぬのが怖いのか!」と殴り倒した。
敗戦で部下が自決をすすめたが「死ぬのだけが責任を取る事ではない」と逃げ回り、96歳で極楽往生。陸軍特攻隊の最年少は17歳でした。
・特攻隊の指揮官として部下将兵に「私も諸君らの後に続く。」と言って敗戦後は命惜しさに自害を拒否。
・息子が「特攻隊指揮官の子が特攻死しなけらば世間が許さない」と特攻隊志願したのを聞いて、「実子を特攻死させられるか」と将官の権限で特攻隊から外す。
・戦後は96歳まで生きて高額の軍人恩給で優雅な老後。未亡人も遺族恩給貰えるので恩給を貪る。
・実の息子ですら「父は自決するべきだった」という本を出版する。

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  • 2018/01/11(木) 03:27:31.25
戦争終わってるのに何の為に死ぬんだよ。
そんな情緒的な事言ってるから勝てないんだよね。

スプルーアンスはホーネット雷撃隊の
「燃料が切れるので帰投したい」という要請を拒否して攻撃強行させ、全機失わせている。
実質特攻のようなもの。
作戦の為に必要なら、そこまで冷酷な命令でも下すんだよ。

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  • 2018/01/11(木) 09:22:50.48
命令した分際で自決もせずに逃げ回っている害虫は犬畜生にも劣る

ここまで見た
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  • 2018/01/11(木) 11:47:54.28
戦争はそういうものなんだよ。それで戦果が出て勝利に結びつけられないなら無能として
叩けばいいだけ。だからほんとうの本当に無能を上官にしてはいけないんだ。

ここまで見た
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  • 2018/01/11(木) 12:15:02.28
>>659
指揮官の役目は味方の犠牲を少しでも多くの戦果に繋げることであって、けして自殺する事じゃないんだよね。

菅原道大は陸軍航空の第一人者で
その航空戦思想は守旧的な陸軍において、非常に先進的だった。
陸軍の常識では、航空戦力は陸上戦力の補助に過ぎないというものだったが
菅原は航空撃滅戦による制空権争いが現代戦を制する重要なファクターだと正確に認識していた。
初戦のマレー作戦等における奇跡的成功は、菅原の指揮能力の優秀さに拠るところが大きい。

戦略眼は適切で、いち早くレーダーと連動した防空体制の整備を説いたりなど
防空の強化に努めてもいる。
末期の戦況や特攻の効果も冷静に分析しているし、かなりの名将だよ。
そして陸軍の精神主義を批判し、合理主義に基づいて特攻精神も元々は批判していた。

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  • 2018/01/11(木) 12:16:39.13
それが、末期には皮肉にも航空特攻を指示せざるを得なくなったのは
航空戦術において最も適任者だから任されたんであって
軍人として自らに課せられた任務を果たしたというだけ。

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  • 2018/01/11(木) 12:31:57.23
>>660
戦争って一人でやるんじゃないんだから、どれだけ名将でも、最善を尽くしても、勝てるとは限らない。

宮崎繁三郎は常に最善を尽くした名将と評価しているが
ノモンハン、インパール、ビルマ、負け戦ばっかりだからね。

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  • 2018/01/11(木) 21:24:34.54
>>654
>結論として、特攻は終戦時まで日本が取りうる最も効率的でキルレシオの高い戦術だったということ。
作戦においてキルレシオってのはそんなに重要な要素じゃないぞ?
だいたい特攻のほうがキルレシオが高かったとか言う状況なら
すでに作戦をやる意味、すなわち特攻をする意味がない。
せいぜい時間稼ぎということなら意味があるが、
本土である沖縄でやるようなことでもない。

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  • 665
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  • 2018/01/11(木) 21:45:34.25
>>664
特攻の戦略目的は敵戦力の漸減。
通常の航空攻撃が全く効果を上げられなかった戦争末期において
特攻側の実に約2倍もの人的被害を米軍に与えた一点だけでも
限られた戦力による敵の漸減という目的に究極に合致した
最も効率的で効果的な戦術だったと結論できる。

特攻作戦について、米戦略爆撃調査団は
「アメリカが被った実際の被害は深刻であり、大きな心配をもたらした。
日本がより大きなパワーで集中的な攻撃を持続し得たなら、我々の戦略計画を撤回若しくは変更させ得たかもしれない。 」

もっと大規模に行っていれば、米軍の戦略目的を変更させうるほどの大きな損害があったとしている。
特攻のペースが大幅に減っていったのは
第4回戦争指導大綱により本土決戦の準備が決まり
航空戦力を温存し、米軍襲来時に集中的に投入することになったからなんだよね。
終戦時に日本が温存していた作戦機は約1万機。
このうち大部分が特攻に使用されることになっていた。

米戦略爆撃調査団は、九州防衛のために用意されていた特攻機の規模を調べ
「上陸作戦時の連合軍艦船が、連合国空軍が計画した多様な効果的対策にもかかわらず、大きな損傷をうけたであろうことに疑問の余地はない」
と結論している。

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  • 666
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  • 2018/01/11(木) 21:53:08.24
末期の日本の戦略目的は
連合軍に出血を強要し、講和条件の緩和等、戦後政策を日本に有利に導く事だった。
そしてその戦略はけして日本のオリジナルではなく
クラウゼヴィッツの『戦争論』第一編に記されている、軍事理論の初歩の初歩。

「一方が他方を完全に無力化できないような戦争では、双方の講和への動機は将来の成果とそれに必要な国力の消費の確からしさに応じて、強くなったり弱くなったりすることは明らかである。」

「敵の国力の消耗を増大させることを直接のねらいとする三つの独特の方法がある。
その一つの方法は侵略である。(中略)
第二の方法は、特に敵の損害を増大するような目標に志向される我が方の行動である。」

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  • 667
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  • 2018/01/13(土) 09:53:23.39
>>666
>末期の日本の戦略目的は
>連合軍に出血を強要し、講和条件の緩和等、戦後政策を日本に有利に導く事だった。
その目的に特攻ほど合致せず有利にならない作戦はないのですが、なにか?
ちょっと考えてごらんよ。
有利にするにはこれ以上戦闘を続ければ
いまだ健在な敵戦力によって想定以上の出血が予想される場合、
講和条件の緩和などを考えるのはおわかりでしょ?
でも特攻はなにをどうしようが機数以上の出血を相手に強要することができないので
なんと出血を強要するために必須の追撃段階においてすら同じだけの味方の損害を必要とする。

要はね特攻の方がキルレシオが高いような時点で
すでに何をやっても敗北が決定しているのに
あたかも講和条件が緩和できるなんて目的を達成できる有効な作戦とかいうのが間違いなんだよ。
当たり前でしょ、相手に躊躇わせるには切り札を手元に置いておかねばならないのに
それを使い捨てにして何発か多く当たったとか喜んでも
相手からしてみればノーガードになってて攻撃を躊躇う理由がないんだから。

まあ、そもそも沖縄戦後期には特攻対策が完成しちゃって
小機数による奇襲が大戦力による飽和攻撃くらいしか
肝心のキルレシオwもおはなしにならなくなってたんだがな

砂時計アラームタイマー
フリックラーニング
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