上代特殊仮名遣い 二音目 [sc](★0)
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- 1
- 2012/06/23(土) 20:31:32.19
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前スレ:上代特殊仮名遣い
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/gengo/1305988303/
立てた
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- 879
- 390
- 2014/05/01(木) 07:24:36.60
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>>865
アクセントはあんま詳しくないから変な突っ込みかもしれないけど、
> 琉球祖語に立てられるのは、二拍名詞で1・2/3・4・5の「西南九州二型式」に近いアクセントではなく、
> 1・2/3/4・5の「外輪東京式」に近いアクセント。
先のペラールのpdf見ると
「1・2/3/4・5の外輪式アクセントを示す方言が琉球列島に一つもない」なんて書いてない?
むしろ琉球諸語で確立できるのは1・2/3・4・5/4・5(3類がB系列に割当たるのは例外っぽい)
それぞれ概略しか見たことないからどっちが正しいのかさっぱり判断付かないけど、
どれ信用したらいいのコレ
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- 880
- 390
- 2014/05/01(木) 07:40:44.55
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あと、本土日本語のアクセントの類って、最大さかのぼれるのは11世紀末(類聚名義抄成立付近)でしょ?
ってことはアクセントの問題だけを突き詰めたところで、日琉分岐は一番遅くて11世紀あたりまで設定することが可能じゃん。
つーわけで、>>863には琉球方言の分岐年代を「こだわるべきではない」と書いてるけど、
こと上代特殊仮名遣いをメインテーマとして考える場合、むしろアクセントの問題の方が「こだわるべきではない」問題のように思える。
俺としてはアクセントより琉球諸語におけるi2の2つの割り当ての方が気になるわー。
>>821あたりで指摘されてるけど、iui・o1i・o2iの組み合わせは素直にi2になったものばかりでは
ないような片鱗を見せてるし、
琉球語への対応を詳しく見ると何か見えてくるかもしれない
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- 881
- 2014/05/01(木) 09:37:06.92
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873ですが、
朝になったらおでこと頬っぺたと鼻にニキビできてました。
心当たりは>>804だけです、ニキビが出やすい料理だと思われます。
お気をつけ下さい。
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- 882
- 2014/05/01(木) 12:30:23.01
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>>878
その仮説の安直な反論として「2音節の名詞に8つもパターンを設けるのは
弁別のための余剰が大きすぎて不自然」が考えられる。
単音節言語ならともかく、2音節ならアクセントの区別がなくとも同音異義語はかなり回避できるのに、
そのうえ8種のアクセントを使い分ける意味があるのか。
本土方言が5母音+アルファで共通しているのに対してアクセントはかなりまちまちであることからして、
母音の音価と音素数よりもアクセントのほうがより変化しやすいと考える。
8アクセントができても本土琉球の分岐の前にすぐ崩壊したと思うね。
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- 883
- 2014/05/01(木) 12:48:04.37
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>>736がやっちゃったんじゃないかな。
>奈良時代の彦(piko)に対応する狗奴国語の発音が卑狗(piek?u)なのがo1とuの弁別をややこしくしてるんだろうけど
これって、ペラールさんのいう、ウとオが上代の奈良方言で合流しちゃったんじゃね?
って話とパラレルだよね?魏志倭人伝時代が日琉祖語の6母音と、整合が取れてるよねってなると、
邪馬台国畿内説が崩壊して、邪馬台国は九州方言で採取されて、それが日琉祖語でしたっていう話を補強するよね。
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- 884
- 2014/05/01(木) 13:07:32.42
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上古漢語の発音も分かっていないのに
仮定の上に仮定を乗せすぎた話は避けるべきだと思う。
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- 885
- 2014/05/01(木) 13:42:19.11
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邪馬台国畿内説だと、邪馬台国は大和で狗奴国は三遠式土器の三河や遠州を想定する。
しかし、邪馬台国九州説だと、邪馬台国は北九州で狗奴国は南九州を想定してる。
で、ペラールさんは、オがウとオに分かれるといってるとなると、
狗奴国のピクは、琉球祖語と上代日本語の対応と合致するよねって想定しても問題はないでしょ。
というか、東遷説を補強するよね、これって。
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- 886
- 2014/05/01(木) 13:48:38.76
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アクセントに関しては、>>880の指摘の通り琉球諸語のそれが上代日本語に先行するとは限らないんじゃないの?
院政京都アクセントと上代日本語の漢字の声調はほぼ一致するから日本語のアクセントは奈良時代にまでは遡れるけど、奈良時代の平城京アクセントより琉球祖語アクセントが古いとは限らないじゃん
>>861
ありがとう
改めてリンク先も読んでみたけど、琉球諸語の分岐は恐らく上代以前で間違いないね
ところで、リンク先ではki(木)の琉球祖語をkeって再構されてるけど、それならeが日琉祖語に遡る根拠が無くない?
琉球祖語にeが存在したことは認めるけど、それなら本土方言と違って琉球諸語ではo2iがeに変化したと考えればeの起源を説明できる
上でも書いたように上代日本語でもto2no2+i1ri1=でto2ne2ri1になった例があるし、むしろこの母音融合は自然
リンク先では昼と蒜の区別が根拠に挙げられてるけど、これも琉球祖語でアクセントが変化した際に同音異義語の発生を避けるために変化したとも考えられる
この説の最大の焦点はeの起源だと思うんだけど、そのeについての例がリンク先ではこの2つしか挙げられてないから何とも
>>883
まず、畿内説は考古学で既に事実上の定説になってるから言語学的なアプローチでそれを覆すのは無理がある
というか百歩譲って魏志倭人伝の日本語が九州方言だとしても、それが日琉祖語だとするのは無理でしょ
魏志倭人伝の日本語には明らかにeが存在しない
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- 887
- 2014/05/01(木) 14:17:07.99
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>>886
考古学上の問題は、ここの言語学板で論議でしても仕方ないからせんが、鐙問題があるし、東遷説なら、一世代で北九州勢力が吉備勢力と結合して畿内制圧したという仮定と矛盾しない。
そもそも、機内各地の戦国時代でいう掘りを持った集落が掘りを放棄した年代との合致もできる。
それ以前には、狼煙の昨日をもった高地性集落が、東遷時期を境にして、放棄されているという事実もある。
考古学的に北九州説が成り立たないというのは、発掘がニュータウン建設に伴う工事が多い奈良盆地の特殊事情を我田引鉄した畿内説のプロパガンダと言える。
まぁ、それはいい、この言語板でそれは言わない。
北九州に大野4勢力、南九州にペラール6勢力があったとすればいい。
そうすれば、邪馬台国のヒコが狗奴国のピクになってる説明はつく、これは、邪馬台国九州説の反撃の狼煙だよ。
気分的に、進撃の巨人だよ、エレンになった気分だよ、言語学は周辺分野でちゃんと勉強してないけど、この板をチェックしててよかった。
本腰いれて、ちょっとやる気になってる、囚われた屈辱は、反撃の嚆矢だって感じだよ。
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- 888
- 2014/05/01(木) 14:24:25.44
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つまり、魏志倭人伝にエがないのは、それは大野4がエをないって言ってたののと無人しない。北九州だ。
けど、コがクなってる、狗奴国でクになるなら、それはペラール6を示唆してるっていうこだってことだよ。
三遠が狗奴国なら、ペラール6母音的なものが沖縄から発見されたっていうのは、
畿内説にとっては、致命傷になるよね、ちょっと、一時的にだけど、言語学に本腰いれるわ。
救われるかもしれん、おれ
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- 890
- 2014/05/01(木) 15:54:54.21
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>>847
台湾諸語は一度大陸に渡ってから台湾に戻ってきたので日本とフィリピンは周圏的分布になった…なんて考えるのは無理あるか
>>851
往々にしておもろの語彙が沖縄よりも先島や奄美に残ってたりするけどね
おもろさうし自体にも奄美関連の歌が若干あって、奄美出身者から採録された可能性も捨てきれない
>>856
ハ行転呼しないのは「大」やごく少数の語に限られた例で、琉球のどの方言でもほとんどの語彙で転呼するのが一般的では?
>ア行エとヤ行エの区別の保存、イ・エ・オとヰ・ヱ・ヲの区別の保存など、
これは違例も少しあるんだよね(得る→ji:juN、終はる→?uwajuN、など)
というか9世紀じゃ畿内でもそれらの変化が始まったばかりで早すぎないか?
>>861
「落ちる」については、別の上二段動詞「出来る」*dekeruもあるからそこまで古いと断定していいのかどうか
上二段動詞は九州諸方言で多様な形で現れるんでそちらも絡めて考える必要があるかもしれない
>>876-878
うーん、それは気づかなかった!
>>886
本当にeは存在しないのか?漢字音の再構次第でどうとも言えそうだけど
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- 891
- 2014/05/01(木) 16:05:23.44
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つーか邪馬台国まで絡めちゃうと、場合によっては、
畿内というか瀬戸内以東の方言と西南九州方言の分岐を考えて、
さらにそれと琉球祖語の分岐との後先まで考えなきゃいけないかもしれないな
しかし問題を難しくしてるのは、おそらく琉球方言が歴史上常に、または断続的にかなり長い間
九州やその他本土の方言と接触していたであろうことだよね
何が祖語由来で何が何時の借用やらわかったもんじゃないし
近現代に起きた琉球方言と本土標準語の接触によるウチナーヤマトグチの誕生のようなプロセスが
実は琉球列島や故地たる九州で過去に何回も起きていたかもしれない
あと思ったんだけど、上代東国〜伊豆諸島〜八丈島の方言と琉球祖語って有史以降のどこかで接触してないかな?
海流的に流れ着きやすいみたいだしどっちも為朝伝説がある
八丈方言の論文見てたら「一つ」を「テツ」というようなんだが、これ琉球と共通だ
古琉球で「木」を「け」というのも東国から伊豆経由の流れの可能性が考えられるかも?
琉球でタ行四段動詞の禁止形が「持つな」=「ムトゥナ」<*motonaのように*-toに遡りうる形なのも
上代東国や八丈の連体形と関係あるんだろうか?
肝心な八丈の禁止形がわからないのでアレだが
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- 892
- 2014/05/01(木) 16:28:37.44
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>>891
王朝国家時代の道による区分の南海道を思い起こさせるな。
紀州根来の津田算長が種子島と交易して鉄砲をいちはやく入手したという伝承も想起させるし、
紀州の熊野灘周りの交易船が船に流された時、八丈島によって水や食料を補給したという慣行もある。
実際に、そうした場合に八丈島に流された宇喜多秀家が福島正則が江戸に運ぶ酒をおねだりして一樽恵んでもらったという話もある。
海路があるなら、東北の北前船の寄港地が上方方言と類似して、内陸部の東北方言と隔絶してるという現象もある。
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- 893
- 2014/05/01(木) 16:35:25.31
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「てつ」だったら「ひとつ」に対して崩れた「ひてつ」という異形が各地に勢力が弱いながらあっただけじゃないの。
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- 894
- 2014/05/01(木) 16:41:25.10
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ここは言語学板なんだから「邪馬台国はどこか」は単なる板違い。
そういう話を始めると無知低脳キチガイが雪崩れ込んできてスレがゴミだらけになる。
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- 895
- 2014/05/01(木) 16:53:35.33
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>>893
「ひてつ」と「ひとつ」とくれば、「けけれ」と「こころ」の万葉集の東国方言とぴったりあってしまう。
崩れた異形と言い難い。
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- 896
- 390
- 2014/05/01(木) 22:19:14.38
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なんか雰囲気でペラール(元ネタは服部四郎?)説が広く受け入れられつつあるけど、大丈夫か。
今のところ根拠として提示されてるデータは昼/蒜と馬/海の対立だけだぞ。
ペラールや>>539は八丈方言や、その祖先の上代東国方言の動詞・形容詞連体形に
*e、*oが残ってるっていうけど、琉球諸語の連体系にはそういう名残ないじゃん。
ていうか動詞連体形のだいたいが-juruじゃん。
日本語の祖語にAN祖語がそのまま相当することに懐疑的だったんで、
俺としては自分の説を補強する*e、*oはありがたいんだけど
さすがにこれだけで判定するのは乱暴っぽいなぁ・・・
ちなみに3世紀あたりの日本語にeがなさそうってのは森博達が調査した結果じゃなかったっけ。
一方o1は奈良時代よりも多く、Co1Co1っていう並びも存在しているんで、
>>886のいうとおりeだけ怪しい。
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- 897
- 2014/05/01(木) 22:35:01.08
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言語学大辞典かセレクションの琉球諸方言のとこ後で見とこっと(メモ)
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- 898
- 2014/05/01(木) 22:38:46.57
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正直、南西諸島の言語が日本語族になったのは、源平合戦以降もしくは南北朝以降だと思う。
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- 899
- 2014/05/02(金) 00:22:14.16
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馬と海の対立が例に出されてるけど、umi(海)って日琉祖語に遡れるほど古い言葉なの?
海のより古い形ってwataだと思うんだが
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- 900
- 2014/05/02(金) 01:44:54.00
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>>896の話の前提として、沖縄の首里方言の動詞の活用の体系を簡単に書いておく。
動詞に本土とおおよそ同じ活用形、すなわち
未然、連用、終止、連体、已然、仮定形と、若干例外的な形である下略形という形がある。
そしてこれはkaka(-n 書かない 未然)のように、動詞本体のみによる形(かりに本活用と呼ぶ)と、
本土の「おる」対応する成分-junが連用形(kachi-)についたものに由来する形(かりに-jun活用と呼ぶ)の
二つの系列がある。本活用と-jun活用が全部の活用形にあって計14個なのかというとそうではなくて、
本活用が欠けているところに-jun活用が補助的に用いられる。
未然形はkaka- 連用形はkachi- 終止形はkachi-jum、連体形はkachi-juru
仮定形はkakee(<kaki-ja <kaki-wa <kaki-ba) 命令系はkaki
そして-junはもともと独立の動詞なのでそれぞれ本活用と同じ-jura,-juri-などの形も可能で、
その場合「〜している」という意味になる。
本来進行を表していた「〜よる」が、終止・連体形の穴埋めになっているわけだ。
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- 901
- 名無し
- 2014/05/02(金) 02:01:14.74
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柴崎勇太(開智高校、明治大学)は穢多。
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- 902
- 2014/05/02(金) 02:26:09.04
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・-junは進行の意味を持っていて、本土の西日本の「連用形+おる」と酷似していること
・本土の「連用形+おる」は「おる」が(生物の)存在動詞として一般化した中世の成立とみられること
・活用の体系に部分的に-junを持つ語形が入りこんでいること
からして、
琉球でも中世には本土と大体同じ体系を持っていたが、時代が降って終止形と連体形の機能の欠けが生じ、
それを補って進行態を引っ張ってきたために、進行態の系列が動詞の活用にくみこまれ、本土と差が広がった
というシナリオが考えられる。琉球諸方言には上代的な要素と中世的な要素が並存しているが、
動詞はその中世的な要素の代表であって、上代以前の話には使えない。
ちなみに形容詞は、語幹+sa(-さ)+-an(本土「ある」に対応する)による-san/-shanの語尾を持っていて、
本土の連用形「-く」以外の形(ク活用由来のものは-ku、シク活用由来のものは-shiku。
シク活用由来のものは-shi-sa > -ssha >-shaとなって-shanという語尾を持つ)は滅んでいる。
形態の変化は新しいほうが複雑であるよりも古いほうが複雑のことが比較的多いという経験則からして、
連用形以外の語形が琉球で発達する前に-saを使う形が成立したという解釈は不利だろう。形容詞の体系も新しい。
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- 903
- 2014/05/02(金) 03:12:53.82
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>>899
ワタが古くウミが新しいという関係とは限らないぞ。
ワタとウミが同義語として用いられる → ウミの使用頻度が増加する → それによってワタだけ古風な語と思われるようになる → ワタがほとんど滅ぶ
→ 古風な語を残しやすい歌でワタ-を持つ語が運よく残る
というのかもしれん。たとえば中国語の前置詞将と把は、同じ用法で長い間それほど差がなく用いられたが、現代では把が普通で将が古語になってしまっている。
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- 905
- 2014/05/02(金) 18:03:10.02
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口語では本活用の終止形・連体形が「連用形+おる」に取って代わられているが
文語、特に韻文(琉歌)では頻繁に使われるよ。
口語でも禁止形やごく限られた助詞を伴う場合に使われる。
形容詞のサ語尾は九州の一部に見られる「サ詠嘆法」との関連が考えられる。
まあそんなに古い物ではないのは確かだろう。
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- 906
- 2014/05/02(金) 23:31:46.67
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昼と蒜、馬と海しかデータだしてないけど、ちょっと気になることがある。
馬と海だけがペラール説の根拠なら、これは馬と海だけの特殊事情で、
日琉祖語の話ではないかもしれん。
それこそ、きつねがけつねになったような、感じで、上舌化の影響で、
ウミはオミにって流れはありうる。
というか、問題はウマなんだよな。これ、日琉祖語なんかじゃないと思うんだ。
だって、馬は日本にもともといない動物だし、これの語源は漢語のマーだろ。和語にウマはなかった。
平安期まで、日本語のウには強い鼻音が掛かっていたと大野が言ってたけど、
だから、ンマがウマになったわけで、比較的に新しい時代の言葉。
これで、日琉祖語が上代語のウがウとオに分かれるという立証にはできんよ。
もし、馬と海だけが根拠なら。ペラール説ってどこまで信用できるんだ?ってとこを検証するのが先だよ、
AN祖語と日本語の検証の前に日琉祖語を検証すべしってのは正論だけど、
その前に、ペラール説の検証だよ。
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- 907
- 2014/05/03(土) 03:04:17.07
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南は首里方言でンマヌファ(午の方)
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- 908
- 390
- 2014/05/03(土) 05:53:08.74
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ごめん、気になって897の
>3世紀あたりの日本語にeがなさそう
ってのを裏取りしようとしたんだけど、
しらべたらそれっぽいのがいくつかあった。
http://yamatonokuni.seesaa.net/article/31704456.html
ここにまとまってるけど、
候補として挙げられそうなのは415とかにもあげた「難升米」の「米mai」(韻目「齊」)e2
あと「柄渠觚」の「柄piang」(韻目「映」)e1
どっちも人名っぽいし、はたして音韻として二重母音でなくきちんと/e/になってるのか?という疑問はあるけど、
一応上げておいた。
その一方で、i2の候補っぽいのは鬼・惟など複数みつかるんで、やっぱi2の方が成立は古いっぽい。
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- 909
- 2014/05/03(土) 10:30:22.67
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>>906
ペラールのこっちの論文では馬/海のほかに向かう/麦、百足/婿、臼/薬を挙げている。
http://www.academia.edu/4260621/Ryukyuan_perspectives_on_the_proto-Japonic_vowel_system
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- 910
- 2014/05/03(土) 10:35:10.04
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薩摩甑島の方言で「海」をオーミ、オミンナカなどと言う
ttp://hotarugaikegengokenkyuuzyo.web.fc2.com/vocabulary_Koshiki_Islands.xls
(漁業語彙の210)
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- 911
- 2014/05/03(土) 16:40:13.37
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英語かぁ
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- 912
- 2014/05/03(土) 17:01:21.85
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英語なら文句言うなよ、村山とか、ロシア語のポリワーノフ論文読んでたんだぞ
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- 913
- 2014/05/03(土) 20:56:34.99
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日本語で書いてくれてもいいんじゃないかっていう気持ちもわからんでもないけどな。
日本語と琉球諸語を比較した論文なら、読む人は日本語できない人とか想定できないしな。
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- 915
- 2014/05/04(日) 11:24:03.45
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そういえば、「日」も古琉球時代のかな文献でしばしば「へ」と書かれているが、
日琉祖語では*peなんだろうか?
たとえば、真珠湊碑文(1522年)の
ttp://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:522Ppy4p0NUJ:kaihousyoukoku.k.asablo.jp/blog/2012/04/22/6421658+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp
>四月九日きのとのとりのへに
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- 916
- 2014/05/04(日) 14:04:29.83
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昼がピルで蒜がペルなら、日はピになるんじゃないかなぁ。
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- 917
- 2014/05/04(日) 14:37:12.20
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>>908
奈良時代にも二重母音のままだったe2が魏志倭人伝で二重母音なのは自然だけど、同じようにe1も二重母音で表記されている
だから3世紀にはまだe1も無かったと思うんだよね
上代特殊仮名遣いはかなり新しい形で、8母音体系は4〜5世紀に誕生して8世紀には既に崩壊しかけていたかなり不安定で短い期間だけ存在した形だったんだと思う
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- 918
- 2014/05/05(月) 10:22:12.80
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>>879
そこは
>「類」と「系列」の所属語彙の違いを仮に無視するとしても、
というところで説明している。
かつては、琉球諸語の「系列」と、本土の「類」の所属語彙の違いを無視して、
二拍名詞なら琉球祖語のA系列が本土の一類・二類、B系列が三類、C系列が四類・五類に相当するように扱われることが多かった。
そうすると、琉球諸語でA/B/Cという区別を保持しているものは、本土だと1・2/3/4・5という外輪東京式と同じ区別の仕方になるし、
A/B・CというようにB系列とC系列が合流している方言は、本土だと1・2/3・4・5という西南九州二型式と同様の区別に相当する。
A・B/Cという合流の仕方なら、1・2・3/4・5という形に近く、博多方言に近い合流の仕方ということになる。
>>863は
>アクセントに関しては、どうみても西南九州アクセントのただの延長で、
と書いているが、仮に上記のように「類」と「系列」の違いを無視しても、外輪東京式相当や博多相当の区別がある以上、その説明はできない。
ところで、松森の系列論で指摘されているように、本土の一類・二類と琉球諸語のA系列はかなりよく対応するとしても、
B・C系列と三・四・五類の間には相当大きな所属語彙のズレがあり、三類だがC系列という語彙もいくつか存在するし、
四類・五類はB系列とC系列にほぼ半々に分かれて所属している。
そう考えると、ペラールのように
>「1・2/3/4・5の外輪式アクセントを示す方言が琉球列島に一つもない」
というのも全く正しい説明で、1・2/3/4・5という区別そのものを持った方言は琉球諸語には一つも無い。
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- 919
- 2014/05/05(月) 17:35:03.37
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>>829
質問スレがないんだけど?
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- 920
- 390
- 2014/05/05(月) 18:07:20.33
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おう、情報整理ありがとう。要は>>863に意見がいいたくて、例をあげただけで説明自体は不完全だったってこと?
説明自体はペラールのが正しいんだな?
アクセントの方は本筋から外れそうだけどちょっと面白いから考えてみた
多少大雑把だけど、2拍名詞のアクセントを分類すると
(1)日流祖形 1/2/3/4B/4C/5B/5C
(2)琉球諸語 12/34B5B/4C5C
(3)京阪式 1/23/4B4C/5B5C
(4)東京式 12/3/4B5B4C5C
(5)2式 12/34B5B4C5C
(6)1式 1234B5B4C5C
こんな風に別れるってことかな。
>>863では「西南九州アクセントのただの延長」って書いてるけど、上をざっと眺めると逆に
琉球諸語から西南九州式アクセントが派生した可能性だってあるわけだな。
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- 921
- 2014/05/05(月) 18:54:03.60
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1/2/3/4B/4C/5B/5C
の具体的な音高は何を想定しているんだ?
拍ごとに高低のどちらかが割り振られてそのパターンで類が分かれるとすると、
高高、高低、低低、低高、低(高低)で、もうパターンありえなくないか?
4B が(低高)高、4Cが低高で、5Bが(低高)低、5Cが低(高低)みたいにするのか?
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- 922
- 2014/05/05(月) 19:45:48.40
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とりあえずペラール説には2つ疑問があるんだけど
・琉球祖語のアクセントが院政京都アクセント(及びそこから遡れる上代平城京アクセント)に先行するという根拠は何?
・琉球諸語では狭母音化によりo→u,e→iという変化が本土方言からの分岐後に起きたと考えるのが定説だけど、これによる影響をペラール説では取り除けてるの?
アクセントは琉球諸語独自の変化の可能性も当然あるけど、ここまで琉球諸語のアクセントが院政京都アクセントに先行する根拠は全く示されてないよね
これを示してくれなきゃ話にならない
母音に関しては琉球諸語で狭母音化が起きたならば、その影響でiとuが本土方言と多重対応を示すのはある意味当然
事実、ペラール説の内容はそのeとoに関するものだし
例に出された多重対応が狭母音化による後代のものではないという根拠と、狭母音化に因らないiとuの多重対応があるのかを示してほしい
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- 923
- 2014/05/05(月) 20:26:34.28
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>>921
今はアクセントにその痕跡が残っているかもしれないってだけで
その日流祖形の区別も高低アクセントだったとする必要あるの?
ストレスだろうが有声無声だろうが母音の長短だろうが末尾子音の有無だろうが
なんでもよくね?
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- 924
- 2014/05/05(月) 20:45:56.11
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>>923
いやアクセント以外の要素が原因が区分が生じたってのもかまわないけども、
母音の長短や末尾子音の有無なんてうさんくさいものを立てようという気がしないのよな俺。
信憑性の低めの仮説をなりたたせるためにさらに信憑性の低いシナリオを必要とするわけだろ?
それよりはアクセントの合流の線がいきましょうってことよ。
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- 925
- 390
- 2014/05/05(月) 20:54:59.20
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>>922
俺もあんま詳しくないけど、今現在の理解で回答
> ・琉球祖語のアクセントが院政京都アクセント(及びそこから遡れる上代平城京アクセント)に先行するという根拠は何?
琉球諸語のアクセント区別である「系列」が、院政期京都アクセントである「類」と一部異なるアクセントになっているため。
>>920に示したとおり、3/4/5類に相当するアクセントが、それぞれバラバラにB系列・C系列にマッチするそうな
(具体例載ってるサイトないのでよくわからん・・・)
3類がC系列にマッチするのはレアケースなんで、二次変化の可能性もあるが、
4類・5類がB系列C系列に別れる法則が明らかになってないんで、素直に(このスレで何度か出てる比較言語学の王道で)解析すると
昔4B/4C/5B/5Cという区分があり、日琉分岐の際に別々に合流したっていうのが今回の説の流れ。
>・琉球諸語では狭母音化によりo→u,e→iという変化が本土方言からの分岐後に起きたと考えるのが定説だけど、これによる影響をペラール説では取り除けてるの?
本土方言でuに相当するものがuとNに別れるっていう話じゃなかったっけ
琉球諸語/本土方言
*u N/u
*o u/u
みたいな?>>922で上げている狭母音化は、琉球諸語/本土方言が u/oで対応する形なんで、別の現象だと思う
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- 927
- 2014/05/06(火) 06:26:06.50
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>>925
書き方が悪かった
狭母音化でoがuに、eがiに変化したら、玉突き的に元からあったuとiがそれぞれ別の母音になってもおかしくないじゃん
例えば、英語の大母音推移は2つの母音(iとu)の発音が変化したのをきっかけに玉突き的な変化によって起きてる
だから琉球諸語でも同じように狭母音化が起きた時に元からあったiとuの発音が変化して、それがペラール説の根拠であるiとuの上代語との多重対応の原因になってる可能性があるよね
その可能性をペラール説では取り除けてるのかを聞きたい
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- 928
- 2014/05/06(火) 07:33:40.99
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>>927
さすがにそのぐらいのことは考慮されてるよ。
琉球諸語の基本について知らない人も多いみたいなので、ここで振り返ってみたい。
日本語族のうち琉球語派は、大きく北奄美語群と南奄美語群に分かれる。
北奄美語群は奄美語、国頭語、沖縄語に、南奄美語群は宮古語、八重山語、与那国語に分けられる。
琉球諸語のうち首里・那覇方言を含む沖縄語が圧倒的に有名なため、「琉球諸語は3母音」と思っている人が多い。
確かに国頭語、沖縄語、与那国語では、イ段とエ段の母音が /i/ に、ウ段とオ段の母音が /u/ に合流している。
しかし、奄美語、宮古語、八重山語では、イ段とエ段の母音が区別されていて、短母音に関しては4母音が基本となっている。
奄美語ではイ段が前舌の /i/ でエ段が中舌の /ï/ となっている。
一方、宮古語、八重山語では、逆にエ段が前舌の /i/ で、イ段は摩擦の強い舌先母音 /ɿ/ となる。
/ɿ/ は特に宮古語で摩擦が強く、/s/ や /z/ のように振る舞うこともあるが、八重山語では方言により /i/ に変化していることもある。
一方で、ウ段とオ段は母音としては全ての方言で /u/ に合流している。
奄美語では一部に /o/ が対応することがあるが、前後の環境により、一度 /u/ に合流したものの一部が /o/ に変化したとも言われている。
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- 929
- 2014/05/06(火) 07:53:32.77
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琉球諸語では、イ段とウ段に対応する音節は子音側に変化が見られることも多い。
特に奄美語と国頭語では、イ段とウ段に対応する音節の子音に咽頭化が見られる方言が多い。
また閉音節が許容される方言(加計呂麻方言や宮古方言など)では、イ段やウ段の母音が脱落して閉音節になっていることもある。
例えば「き・ぎ」に対応する音節は沖縄語では子音が口蓋化して「チ・ジ」のようになっているし、与那国語では「ティ・ディ」になっている。
「に・ぬ」に対応する音節は撥音化して「ン」に変化していることが多いし、/-m/ という閉音節がある宮古語では「み・む」がその元であることが多い。
一方で、エ段とオ段に対応する音節は、母音が変化する一方で、子音は原型を保っている場合が多い。
半狭母音の狭母音化が起きたとき、イ段とウ段がエ段とオ段との区別を保とうとして、玉突き上に変化を起こしたと思われる。
全ての音節が変化を起こしたわけではなく、イ段とエ段、ウ段とオ段のそれぞれ一部が合流してしまっている場合ももちろんあるが、
ある方言だけを見ても元がどちらか判別できる場合は結構多いし、琉球諸語を突き合わせれば祖語でどちらだったかは基本的に分かる。
上記のことを考慮しつつ、現代琉球諸語の祖語の母音体系を再構すると、基本的には中古日本語と同様の5母音になるが、
本土方言では /i/ なのに琉球祖語では /*e/ になったり、本土方言では /u/ なのに琉球祖語では /*o/ になるものが一部にある。
それがペラール説の根拠になっている。
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