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  • 2014/04/29(火) 22:00:05.18
>>859
琉球諸語では日琉祖語の*uiと*əi(上代日本語ではいずれもイ乙類になった)の区別がかなり明確に保存されているから、上代日本語よりも古い時代に分岐したのは間違いない
ペラールの論文にあるように、波照間方言では*ki、*kui、*kəiが相互に区別されていたりする
八母音体系が完全に崩壊した後に分岐したあとに分岐したなら、こんな現象はあり得ない。

波照間方言を抜きにすれば琉球諸語は確かに5母音体系の祖語に遡れるように見えるが、
それでも日琉祖語の*uiが琉球祖語の*iに、日琉祖語の*əiが琉球祖語の*eに対応している
例えば「木」は琉球祖語で*keとなるように見えるがこれは*kəiだからだし、「落ちる」は*oteruのように見えるがこれは*ətəiruだからだと考えられる。

ハ行にp音を保存しているのも本土の中央語では9世紀前期には失われていた特徴だし、オとヲの区別も10世紀前期には失われた特徴。
11〜12世紀なんて推定はほとんど見たことがないし、間違っても定説ではあり得ない。
確かにその時期に入ったと推定できる借用語などはあるが、こういう場合は古いほうが分岐年代で、新しいほうは共通改新や借用と見なすべき。

ここまで見た

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