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  • 2011/07/20(水) 23:59:13.91
ニーチェ保守主義とは、いうなれば民族主義とニヒリズムによって
永劫回帰=永続維新を実現するという保守思想の考えである。





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  • 2011/07/21(木) 00:56:36.04
国家が有機物であるという基本的な志向としてはバーク保守主義と
共通するが、ニーチェ保守主義の違う所は永劫回帰によって日本列島
の内だけに留まらない事である。
すなわち拡大型の保守主義=ナチズムであり、民族主義である。
また我々は日本という枠組みに決して縛られる事はない。
その根源にある民族に回帰する事で新しい枠組みを経るのである。
ただし、三島由紀夫の考えはこうした中川氏的な思考に近いものだ。
日本人は日本人であるという姿勢を断固として続けて守ろうとする人である。
だが三島の抱えていた思想と言うのは明らかにニーチェ的な哲学=仏教や
陽明学から来るのであり、それゆえにバーク的保守主義でありながらも
ニヒリズムを備えた非保守主義的な要素が見られるのである。
それが彼の夢見た「次世代維新」であった。

中川八洋(筑波大学名誉教授)
http://homepage3.nifty.com/yukoku/
http://homepage3.nifty.com/yukoku/yukoku.html
>国家の生命源が宿る、祖先からの伝統と慣習の、その保守と堅持なく
>して、自由はもちろんのこと、倫理道徳は棲息しえず、倫理道徳なく
>して精強な軍隊も国家護持の精神も培いえず、ここに、沖縄から樺太
>・国後・択捉に至る日本列島に苔むす、二千年に及ぶ祖先の墓石が発
>する声を指針として、子孫への義務でもある、祖国日本の魂をさらに
>研ぎ澄まされた命満ちるものにすべく、真正の日本国民の一部にすぎ
>ない我々もまた、“剣を抜く知の集団”―「真正保守の会」―を設立
>し、その微力を国家と子孫に捧げることにしたい。そして、「真正保
>守の会」は切磋琢磨、その精神と知を不断に向上させるべく、『保守
>主義』を発行し、祖国安寧の智を結集することにしたい。

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  • 2011/07/21(木) 01:20:00.76
そして、かのアドルフ・ヒトラー総統は反対的にゲルマンのルーツである
アーリア民族という思想を活用することで従来のいわゆる保守主義とは
違う全く新しい革新的保守主義を展開したのである。
これにより当時のドイツ人は従来のゲルマンの殻を破り本来あるべき
ゲルマンのアーリア的な姿を見出そうとしたのである。
つまり革新の保守主義である。


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  • 2011/07/21(木) 10:44:34.24
■■■三島由紀夫の檄文■■■
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1294972132/

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俺様はニーチェ進歩主義ですよねー!?♪。

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  • 2011/07/22(金) 15:26:54.37
戦後の頽廃は、すでに戦時中銃後に兆してゐたのだ。戦後のあのもろもろの価値の顛倒は、
卑怯者の平和主義は、尻の穴より臭い民主主義は、祖国の敗北を喜ぶユダヤ人どもの陰謀は、
共産主義者どもの下劣なたくらみは、悉くその日に兆してゐたのだ。ああ、金色の
ヴァルハラの広場に、ヴァルキュリーたちによつて運ばれた、気高い戦場の勇士たちの
亡骸は、ひとたび霊に目ざめるや、祖国ドイツのこの有様をのぞみ見て、いかに万斛の涙を
流したことであらう。楯の格天井、鎧の椅子は、卓上の焔に照り映えて、悲嘆の響きを
鏘然(さうぜん)と高鳴らせたことであらう。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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僕はニーチェ発展主義ですよねー!?♪。

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  • 2011/07/23(土) 17:00:17.89
Up

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私はニーチェ救済主義ですよねー!?♪。

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  • 2011/07/25(月) 11:57:43.15
もう貧血症の、屁理屈屋の教授連は一切要らん。銃一つ持てないほど非力だから、我身
可愛さにヒステリックな平和主義の叫びをあげる、きんたまを置き忘れたインテリは一切要らん。
少年に向つて亡国の教へを垂れ、祖国の歴史を否定し歪曲する非国民教師どもは一切要らん。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/07/25(月) 15:54:20.68
ノルウェーの事件が凄い事になったな。
ヨーロッパ始まったかもしれない。

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  • 2011/07/26(火) 09:46:41.88
レーム:…俺は、お前が腐敗と反動の後釜を継ぐのには反対だぞ。折角俺たちの力で一新した
この新らしいドイツを裏切つて、買弁資本家やユンカー一族、保守派の老いぼれ政治家や
老いぼれ将軍、将校クラブで俺を鼻であしらつた貴族出身の無能な士官たち、革命や
民衆のことを一度も考へたことのないあの様子ぶつたプロシア国軍の白手袋たち、朝から
ビールとじやがいものおくびをしてゐる布袋腹のブルジョアども、官僚といふあの
マニキュアをした宦官ども、……あんな連中の上にのつかつて、あんな連中にへいこらしながら、
シーソオ・ゲームに憂身をやつして、お前が大統領になるなら反対だぞ。断乎として反対だぞ。
俺が腕づくででも止めてみせる。

ヒットラー:エルンスト!

レーム:きけ。俺はお前に大統領になつてほしいと思つてゐる。心からさう思つてゐる。
しかし、それには力を協せて、この腐つた土地の上のごみ掃除をやつてのけてからだ。
軍部が何だ。口だけではおどしをきかせるが、軍服の中身はからつぽの、あんな金ぴかの
案山子(かかし)のどこが怖い。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」

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ニーチェを超越して見せる!?♪。

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  • 2011/07/29(金) 22:46:18.15
クルップ:雨になつたやうだ。

ヒットラー:大した雨ではない。妙なことだ。私が演説をしたあとではきつと雨になる。

クルップ:君の演説が雲を呼ぶのだらう。

ヒットラー:雨が広場を黒く濡らした途端に、どのベンチからも人影が消えてしまつた。
何といふ無趣味ながらんとした広場だらう。人つ子一人ゐない。ついさつきまでここを
群衆が埋めて、とどろく歓声と拍手で熱してゐたとはとても思へない。演説のあとの
広場といふものは、発作のあとの狂人の空白のまどろみのやうだ。どこまで行つても
人間は人間を傷つける。どんな権力の衣にも縫目があつてそこから虱が入る。クルップさん、
絶対に誰からも傷つけられない、どこにも縫目も綻びもない、白い母衣(ほろ)のやうな
権力はないものですかね。

クルップ:なければ君が誂へたらよい。

ヒットラー:あなたがその仕立屋になつてくれませんか。

クルップ:それには寸法をとらなくてはね。
ヒットラー:どうでした?

クルップ:残念ながら、まだちと寸法が足りないやうだ。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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私はニーチェ進化主義者ですよねー!?♪。

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  • 2011/07/31(日) 10:01:05.98
クルップ:仕立屋といふのは慎重なもんだよ、アドルフ。仕払つてもらふ宛てがなければ、
おいそれと着物も仕立てられない。仕立ててあげたいのは山々だが、寸が足りなくては
芸術的満足が得られない。それに仕立ててあげたものを、快適に着てもらはなくては
つまらない。ゆるやかに、楽々と、まるで着てゐるかゐないか本人にもわからぬやうな、
そんな着方をしてもらはなくては。……私は窮屈なチョッキは上げたくない。狂人に
狭窄衣を着せるのとはちがふんだから。

ヒットラー:もし私が狂人だとしたら……

クルップ:私も何度かさういふ経験を持つてゐる。自分を狂人だと思はなければとても
耐へられぬ、いや、理解すらできない瞬間にぶつかる場合は……

ヒットラー:さういふ場合は?

クルップ:自分ではない他人をみんな狂人だと思へばよいのだ。



ヒットラー:クルップさん、ひとつ私に狂人用の窮屈なチョッキを誂へてくれませんか、
両手を拘束されて人を傷つけることはできないが、又決して人から傷つけられることもないやうな……

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/07/31(日) 13:05:09.37
大月本帝国の者ですが。

大日本帝国を倒すため伺いました。

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  • 2011/08/01(月) 12:51:17.15
帰ってくれ。

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  • 2011/08/05(金) 11:13:57.56
レーム:…生れ落ちてから薬や医者には縁のない、永遠の若い鋼の体、このレーム大尉の
体が病気になるつて?

ヒットラー:だから……

レーム:誰がそんなことを信ずるものか。俺を傷つけることができるのは弾丸だけさ。
といふよりは俺の体の鋼鉄が、いつか俺を裏切つて、同じ仲間の鉄の小さな固まりを、
俺の体内へおびき寄せるとき。さうだ、鉄と鉄とが睦み合ふために、引寄せ合つて
接吻するとき、そのときだけだ、俺が倒れるのは。しかしそのときも、俺が息を引取るのは
ベッドの上ではない。

ヒットラー:さうだな、勇敢なエルンスト、いくら大臣になつても、お前はベッドの上で
死ぬやうな男ではない。しかし、ともあれ、お前は仮病を使つて、声明書と共にその旨を
発表するのだ。一、二ヶ月の療養ののち、再起と共に突撃隊を以前よりも精鋭な軍隊に
叩き上げると約束するのだ。

レーム:しかし誰がそれを信じる。

ヒットラー:信じられないからこそ、隊員みんなは信じるだらう。つまり、こいつは、
よほど已むを得ない事情だといふことを。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/08/05(金) 11:15:24.50
レーム:…書類を喰つて生きのびた年寄の山羊どもが、首を長くしてお前の餌を待つてゐる。
お前はサインをのたくつて日々をすごす。剣を揮ふ腕の力は見捨てられたままになつてゐる。
権力とは何だ。力とは何だ。それはただサインをする蒼ざめた指さきの細い細い筋肉の
運動にすぎなくなつたのだ。

ヒットラー:それ以上は言はなくてもわかつてゐる。

レーム:だから、友よ、だから言ふのだ。お前の権力がその指さきの運動にではなく、
遠くからお前の一挙一動を憧れの眼差で見戍つて、素破といふときはためらひなく命を
投げ出す覚悟の若者たちの、逞しい腕の筋肉にあることを忘れるな。どんなに行政機構の
森深く踏み迷つても、最後に枝葉を伐つて活路を見出すには、夜明けの色の静脈と共に
敏感に隆起する力瘤だけがたよりなのだ。どんな時代にならうと、権力のもつとも深い
実質は若者の筋肉だ。それを忘れるな。少なくともそれをお前のためにだけ保存し、
お前のためにだけ使はうとしてゐる一人の友のゐることを忘れるな。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/08/09(火) 00:22:05.56
ヒットラー:レームが羊ですつて? あいつがきいたらどんなに怒るか。

クルップ:羊でなくても、レーム君が抱いてゐるのは群の思想さ。さうではないかね。
しかしレーム君と別れたあとの、君の暗い額にひらめいたのは、羊でもなければ牧羊犬でもない。
それこそ嵐そのもの、さう言つては持ち上げすぎなら、暗くはためく嵐の予兆そのもの
だつたのだ。峯々を稲妻の紫に染め、世界を震撼させ、人々の活きた魂を電流をとほして
一瞬のうちに、黒い一握の灰に変へてしまふ、あの嵐の兆そのものだつた。君はおそらく
自分ではさう感じはしなかつたらう。

ヒットラー:あのとき、私は怖れてゐた。迷つてゐた。悲しんでゐた。それだけです。

クルップ:人間の感情を持つてゐることを、いくら総理大臣だつて恥ぢるには及ばない。
ただ、人間の感情の振幅を無限に拡大すれば、それは自然の感情になり、つひには摂理になる。
これは歴史を見ても、ごくごくわづかな数の人間だけにできたことだ。

ヒットラー:人間の歴史ではね。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/08/10(水) 20:27:39.22
シュトラッサー:…歌はもうあの鋭い清らかな悲鳴と共通な特質を失つてしまつたのです。
死者の目に映る遠い青空は、変革の幻であつたのに、今、青空は洗濯の盥の水にちりぢりに
砕けてしまつた。あらゆる煙草は、耐へがたい訣別の甘いしみとほるやうな味をなくして
しまつた。
(中略)
どこかで遠い昔に嗅ぎ馴れた腐敗の匂ひ、落葉のなかで、猟犬が置き忘れた獲物の鳥が
腐つてゆくときの、森の縞目の日光をかすかに濁らすやうな独特な匂ひ。いたるところで、
その腐敗の匂ひが、人々の指先の感覚を、癩病やみのやうに鈍麻させてゆく。かつて
闇のなかで道しるべの火のやうに敏感に方角を知らせた指は、今では小切手に署名をするのと、
女の体をこじあけるのにしか使はれなくなつた。脱落、脱落、目に見えない透明な日々の脱落、
この感覚を、レーム君、君だつてつぶさに味はつて来た筈だ。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/08/10(水) 20:29:11.47
シュトラッサー:もう一度革命をやらなければならぬ、と君が考へてゐることを私は知つてゐる。
ところで、私も、もう一度革命をやらなければならぬ、と考へてゐる。二人で話し合ふ
話題には、事欠かぬ筈ぢやないか。

レーム:しかし、方法がちがふ。目的もちがふ。

シュトラッサー:鏡をのぞいてみるやうに、君の右は私の左だ。しかし私の右は君の左だ。
だから却つて鏡を打ち破れば、われわれはぴつたり合ふかもしれないのだ。


シュトラッサー:君はすでに病気になつたのだらう、さつきも言つてゐたやうに。
信頼といふ病気にかかつたのだ。

レーム:殺されるのか、処刑されるのか。

シュトラッサー:おそらくその両方だらう。君は拷問に耐へる自信があるか?

レーム:誰があんたをそんなひどい目に会はさうといふんだね、心配性の弱虫君。言つて
ごらん、そいつの名を言ふのが怖いのかね。言つただけで呪ひがかかるとでもいふのかね。

シュトラッサー:アドルフ・ヒットラー。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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私はニーチェ創造主義者ですよねー!?♪。

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  • 2011/08/13(土) 09:20:35.61
レーム:…友愛、同志愛、戦友愛、それらもろもろの気高い男らしい神々の特質だ。
これなしには現実も崩壊する。従つて政治も崩壊する。アドルフと俺とは、現実を
成立たせるこの根本のところでつながつてゐるんだ。おそらくあんたの卑しい頭では
わかるまい。
われわれの住むこの地表はなるほど固い。森があり、谷があり、岩石に覆はれてゐる。
しかしこの緑なす大地の底へ下りてゆけば、地熱は高まり、地球の核をなす熱い
岩漿(マグマ)が煮え立つてゐる。この岩漿こそ、あらゆる力と精神の源泉であり、この
灼熱した不定形なものこそ、あらゆる形をして形たらしめる、形の内側の焔なのだ。
雪花石膏(アラバスター)のやうに白い美しい人間の肉体も、内側にその焔を分ち持ち、
焔を透かして見せることによつてはじめて美しい。シュトラッサー君、この岩漿こそ、
世界を動かし、戦士たちに勇気を与へ、死を賭した行動へ促し、栄光へのあこがれで
若者の心を充たし、すべて雄々しい戦ふ者の血をたぎらせる力の根源なのだ。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/08/14(日) 10:03:07.27
  記
1.日時:  8月24日(水)18:30〜20:30(受付開始は18:00)
2.会場:  中野サンプラザ8F研修室 六番研修室
       (JR中野駅北口徒歩1分)
3.テ−マ: 三島由紀夫と「わが友ヒトラ−」
4.講師:  後藤修一氏 (当会会員、ドイツ現代史研究家)
5.内容:  後藤修一氏はドイツ現代史とくにナチス・ドイツの研究家として著名であり、氏が高校生であった昭和44年に初演された三島由紀夫の戯曲「わが友ヒトラ−」の
時代考証に携わって以来、今年公演された蜷川幸雄演出版にいたるまでずっと本戯曲とかかわってこられました。
生前の三島由紀夫氏との交流からこの戯曲とのかかわり、そして本作品の時代背景である1930年代のナチスによる権力掌握期など後藤氏の専門知識を駆使して縦横に語って頂くものです。
必ずや興味あるお話が伺えるものと期待されます。また参加者からの質問、意見等歓迎。
6.会場分担金: お一人千円
7.その他: 尚、例会終了後懇親会を予定しております。(会費お一人三千円程度)


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  • 2011/08/15(月) 02:36:04.97
いまの中国(共産党及び国民党)や朝鮮の軍隊をみてあれは
アメリカ式やロシア式の軍隊だとおもうが、それらは結局
日本がちょうど昭和に習おうとした当時最先端のヨーロッパ式軍隊の流れを組むわけです。
昭和維新が叶わず日本だけが軍事再編に失敗したという歴史事実があり
陸軍の軍事再編論者たちは二次大戦にドイツに学ぼうと言う
226の意志を継ぐべくナチスに賛同した訳でした。
問題は近衛がどう考えて居たのかという点で
かれがやれナチスシンパだ、やれマルキストだのと言われてきましたが
ようするに陸軍に圧されたか、あるいは自分に責任が来るのを怖れたかなにかで
陸軍と関東軍の軍指導者に政権が渡っていった訳です。

しかし皮肉なのは226が成功していたらあの様な戦争には突っ込まなかったということだ。
要するに226を防いでしまったことで、内部でフラストレーションがたまり
それが良からぬタイミングで面に出た。
そして、そうした思想というか歴史のいきさつ、統括を
三島由紀夫の存在事態が証明しているわけです。
しかし昭和天皇の玉音放送がそうであったようにあのまま
戦争を続ければ日本はおろか世界文明が戦争により破壊され
天皇の終戦の御聖断はまさに

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  • 2011/08/15(月) 16:00:13.26
ヒットラー:…いつかあなたは言はれましたね。自分自身を嵐と感じることができるか
どうか、つて。それは何故自分が嵐なのかを知ることです。なぜ自分がかくも憤り、なぜ
かくも暗く、なぜかくも雨風を内に含んで猛り、なぜかくも偉大であるかを知ることです。
それだけでは十分ではない。なぜかくも自分が破壊を事とし、朽ちた巨木を倒すと共に
小麦畑を豊饒にし、ユダヤ人どものネオンサインにやつれ果てた若者の顔を、稲妻の閃光で
神のやうに蘇らせ、すべてのドイツ人に悲劇の感情をしたたかに味はせようとするのかを。
……それが私の運命なのです。


ヒットラー:あの銃声が、クルップさん、ドイツ人がドイツ人を射つ最後の銃声です。……
これで万事片附きました。

クルップ:さうだな。今やわれわれは安心して君にすべてを託することができる。
アドルフ、よくやつたよ。君は左を斬り、返す刀で右を斬つたのだ。

ヒットラー:さうです。政治は中道を行かなければなりません。

三島由紀夫「わが友ヒットラー」より

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  • 2011/08/19(金) 19:44:37.00
私は民主主義と暗殺はつきもので、共産主義と粛清はつきものだと思っております。共産主義の粛清のほうが
数が多いだけ、始末が悪い。暗殺のほうは少ないから、シーザーの昔から、殺されたのは一人で、六十万人が
一人に暗殺されたなんて話は聞いたことがない。これは虐殺であります。
(中略)
たとえば暗殺が全然なかったら、政治家はどんなに不真面目になるか、殺される心配がなかったら、いくらでも
嘘がつける。やはり身辺が危険だと思うと、人間というものは多少は緊張して、(中略)真面目な話をするのです。
人間というものは刀を突きつけられると、よし、おれは死んでもいってやるのだ、「板垣死すとも自由は死せず」
という文句が残る。しかし口だけでいくらいっていても、別に血が出るわけでもない、痛くもないから、お互いに
遠吠えする。民主主義の中には偽善というものがいつもひたひたと地下水のように身をひそめている。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その一」より

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  • 2011/08/19(金) 19:46:04.39
大体政治の本当の顔というのは、人間が全身的にぶつかり合い、相手の立場、相手の思想、相手のあらゆるものを
抹殺するか、あるいは自分が抹殺されるか、人間の決闘の場であります。それが言論を通じて徐々に徐々に
高められてきたのが政治の姿であります。しかしこの言論の底には血がにじんでいる。そして、それを忘れた言論は
すぐ偽善と嘘に堕することは、日本の立派な国会を御覧になれば、よくわかる。
(中略)日本ではこうやって言論が自由自在に生きている。確かに美しい風景ではあるけれども、何か身を
賭けた言論、身体を賭けた言論というものが少ない。自分一人で、一千万人を相手にしても退かないという言論の
力が感じられない。何でも自分一人じゃ弱いと思うから、何万人でデモをやらなければならない。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その一」より

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  • 2011/08/19(金) 19:46:55.09
私が一番好きな話は、多少ファナティックな話になるけれども、満州でロシア軍が入ってきたときに――私はそれを
実際にいた人から聞いたのでありますが――在留邦人が一ヵ所に集められて、いよいよこれから武装解除という
ような形になってしまって、大部分の軍人はおとなしく武器を引き渡そうとした。その時一人の中尉がやにわに
日本刀を抜いて、何万、何十万というロシア軍の中へ一人でワーッといって斬り込んで行って、たちまち
殴り殺されたという話であります。
私は、言論と日本刀というものは同じもので、何千万人相手にしても、俺一人だというのが言論だと思うのです。
一人の人間を大勢で寄ってたかってぶち壊すのは、言論ではなくて、そういうものを暴力という。つまり一人の
日本刀の言論だ。(中略)そして、日本で言論と称されているものは、あれは暴力。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その一」より

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  • 2011/08/19(金) 19:47:29.82
初めから妥協を考えるような決意というものは本物の決意ではないのです。例えば戦争をしておっても、誰も
妥協を考えてやるのではないのです。勝つことが目的であって、最終目的に対して、十とれるところが八だとか、
八とれるつもりがまあ五だろうというのが妥協であります。初めから五を考えると、二しかとれません。そして
妥協ということは大人の知恵で、全然妥協しない戦いというものはないわけですが、ものの考え方というものは
私は順序があると思う。


民主主義は妥協が原則だといいますが、相対的な理論の闘争の中で、自分がそれをある程度本当に信じて
邁進する人間がいなければ、いまの自民党と社会党みたいなことになっちゃう。そして国会解散期には、あっちに
流れたり、こっちに流れたりという状態になっちゃう。それが一番妥協の醜い形だと私は思います。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その一」より

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  • 2011/08/20(土) 14:18:52.67
>>2
中川八洋はぜんぜん違うだろ
自著の」「日本を害する思想家」にニーチェいれてるくらいだぞw

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  • 2011/08/21(日) 20:02:16.61
>>33
中川はニーチェ嫌いだが考えはなぜかニーチェ的だよw
昔好きだったんじゃないの?

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  • 2011/08/22(月) 09:37:36.49
そうかねえ、保守主義というかほとんど自由主義にしかみえんな
屋山太郎みたいなもんで

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  • 2011/08/22(月) 23:57:15.23
ところで私は、暗殺者が必ずあとですぐに自殺するという日本の伝統はやはり武士(さむらい)の道だと思っている。
本当はこれをやらなきゃいけない。(中略)
私は人間というものは全部平等だと思う。(中略)
人間が一対一で決闘する場合には、えらい人も、一市民もない。そこに民主主義の原理があるのだと私は考える。
だから、政治というものはいずれにしろ激突だ。そして激突で一人の人間が一人の人間を許すか、許さないか、
ギリギリ決着のところだ。それが暗殺という形をとったのは不幸なことではあるけれども、その政治原理の中に
そういうものが自ずから含まれている。もしそうでなければ、諸君が選挙の投票場へ行って投ずる一票に何の
意味がありますか。諸君が投ずる一票が一ト粒の砂粒だったら、何になりますか。あれは諸君がたとい無名で
あっても、あるいは社会的な地位がなくても、その一票があなたの全身的な政治的行為であって、その集積が
民主主義をなしている。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その一」より

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  • 2011/08/22(月) 23:57:49.05
(政治家も、)一投票者も、政治的意見において本当に一対一で、人間的に一対一だという考えが含まれなければ、
民主主義は成立しない。だから暗殺というのはアクシデントではあるけれども、民主主義に暗殺はつきものだと
私がいったのは、そこなのです。
ところが、共産主義ないし全体主義というものはそういうことをやらん。彼らは権力を握って、邪魔なやつを
粛清すればいい。全体主義は人を粛清するのに、そんな暗殺のような自分の危ないことはやりません。ニュースを
隠して、秘密警察で守り、その中で一番憎いやつをそっと殺す。犯人もわからなければ、何もわからない。


民主主義というのは非常にペシミスティックな政治思想です。(中略)
民主主義なんて甘いものじゃない。これをどうやって純粋民主主義に近づけるかなんて、いつまでたっても
無駄なんだ。人間は汚れている。汚れている中で相対的にいいものをやろうというのが民主主義なんだ。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その一」より

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  • 2011/08/22(月) 23:58:26.78
アメリカの民主主義はフロンティアなんかの自警団的なものが基盤にある、(中略)どんな政治体制でも歴史的な
基盤があって、徐々に形成されたものであるので、その点では日本の天皇制もまったく同じだと思います。
ですから民主主義が悪いとか、天皇制がいいとか悪いとかいう問題じゃなくて、その国その国の歴史的基盤に
立った政治体制ができていくということは当然だと思います。


国家がなくなって世界政府ができるなんという夢は、非常に情けない、哀れな夢なんです。(中略)資本主義国家も
国家が管理している部分が非常に大きくなっておりますから、実際の国家の時代という点では、国家の管理機能は
むしろ史上最高ぐらいまで達しているのではないか。これが極点に達し、崩れて、超国家ができるかどうか、
そんなことは先のことである。我々はまず国家の中に生きているという存在から問題を考えなければならんと
いうように私は思っております。ですから、国家の時代なればこそ戦争も必ずある。であるから、それに対する
防衛の問題も真剣に考えなければならんと、私はそういうように思っております。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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ニーチェとデカルトとサルトルをリリースして神のカードを通常召喚するよねー!?♪。

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  • 2011/08/24(水) 03:41:18.67
アメリカの民主主義ってのは要するに大国ならではだよ。
つまり競争というか、いうなれば体のデカいマッチョな人間の
体内でひしめき合う筋肉繊維の引っ張り合い。
だから力がでるわけ。
じゃあ日本はどうかといえばひょろひょろのモヤシですな。
いい政治をやりたければ領土=筋肉が必要。
そういう事をやり続けて行かないと強い国にはなれないんですな。
かつてドイツがやろうとしたことはバラバラなヨーロッパを一つにまとめることで大国になろうとした。
そういう野心とかあって初めて強い国になれるんだけどまあ今の日本ってのはほんとにモヤシっこだね。

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  • 2011/08/24(水) 23:18:54.18
共産社会に階級がないというのは全くの迷信であって、これは巨大なビューロクラシーの社会であります。そして
この階級制の蟻のごとき社会にならないために我々の社会が戦わなければならんというふうに私は考えるものですが、
日本の例をとってみますと、日本にどういうふうに階級があるのか、まずそれを伺いたい。たとえばアメリカなどは
民主主義社会とはいいながら、ヨーロッパよりさらに古い、さらに深い階級意識がある国です。というのは、
ヨーロッパを真似して成金が階級をつくったのですね。ですからこれはアングロ・サクソンの文化の伝統ですが、
クラブというのがありますね。みんなメンバーシップオンリーのクラブで、下のクラブの人が上のクラブを
ステイタス・シンボルとして、ステイタス・クライマーが上流のクラブへ入るためにあらゆる算段をするわけです。
(中略)そうすると自分の息子に来るお嫁さんが違ってくるのです。(中略)アメリカにはステイタス・シンボル
というものが非常にたくさんあります。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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  • 2011/08/24(水) 23:19:27.56
ところが日本ではステイタス・シンボルに当たるものが私は何があるのかと聞きたい。(中略)一つの社会風俗的
現象としてのステイタス・シンボルがあるのか。キャデラックに乗っていたらブルジョアなのか。みんな会社の金で
キャデラックに乗っている、それがブルジョアなのか。あるいはゴルフクラブに入っていたらそれがブルジョアなのか。
ゴルフクラブに入って、あのキャディに、かよわい女性に重いものを背負わせて歩けばそれがブルジョアなのか。
そして日本では社会主義者も共産主義者もみんな軽井沢に別荘を持っている。(中略)私は階級差というものの
甚だしい例をヨーロッパでたくさん見てきた。(中略)
そして富の分配というのは一応マルクス主義の美名になっておりますが、これは別の方法を使ったってできるのだ。
(中略)権力の分配に至っては、共産主義社会のあのおそろしいビューロクラシーと比べると、我々はむしろ
権力の分配の公正な社会に生きていると、私はこう考えております。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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  • 2011/08/24(水) 23:20:37.91
人間の考えは――全部の人間が同じ考えをするということができれば、本来民主主義なんていうものはこの地上に
成立する余地はないのです。そんなものは要らない。したがって戦争も要らないわけだ。ところがどうしても
人間というものは全部同じ考えを持ち得ない。しかも言語を共有しながら同じ言葉を持ち得ないというところで、
バベルの塔のような神話があるわけだ。これは人間観の根本的な問題です。


大体ソヴィエトへ行った人の話を聞きますと、非常にアメリカ人とよく似ているそうです。アメリカ人は別の方法で
あんなコンフォーミティな人間ができちゃった。誰に聞いても、同じような冷凍食品を食べていますから頭の中は
同じになっちゃう。しかし実に親切で、自分の身の周りのことについては気持よく話してくれる。ただ、国家・
社会の問題になると何もわからないという人間達ですね。それは確かにソヴィエトでもできつつあるでしょう。
けれども、人類全部がそうなることが人類の幸福であるかどうかというと問題はまた残りますし、本人が幸福なら
いいじゃないかということになりますと、これは人間観の相違としか思う他にない。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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  • 2011/08/25(木) 00:51:26.45
三島さんのいってることはあれだね、ユダヤ陰謀論でいう「人間牧場計画」のことだ。
あるいはヒトラーの予言した「未来は神とロボットの世界」になるという話だ。
そもそもソビエトと言うのはアメリカ思想のマルクス主義版でアメリカの革新コピー。
どっちも同じ思想から来てるわけだ。

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神は死んだ邪神が誕生するよねー!?♪。

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  • 46
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  • 2011/08/29(月) 09:43:18.05
>>44
なるほどね。そういえば三島は、「日本のビジネスマンがみんなユダヤ人みたいになっちゃう」とかもどっかで言ってましたね。

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  • 2011/08/29(月) 09:48:12.43
行動には必ずリアクションがある。そのリアクションはどこからくるかというと、自分の敵からくるわけですね。
敵がなければかなわん。(中略)
大体韓国の人達はいろいろな面で反共精神が強いのだけれども、これは実際に自分の親族が殺され、あるいは
自分の親兄弟が共産主義者から酷い目に遇ったりしている。(中略)
インドネシアでは役人の中にも共産党が入っていましたから、こいつらがみんな私腹を肥やしたり、宗教を
弾圧したりして農民に嫌われちゃった。農民も何年か我慢して、いまにあの野郎どもと思っていたから、いざ
共産クーデターを起そうとしたらば、逆に鋤、鍬で殺されちゃったわけだ。この恨みというのはすごいですね。
しかし、私は別に何ら危害を受けたわけではない。ただ敵として私が選んだ。これは私独特のものですね。私は
自分の行動を起すにはどうしても敵がなきゃならんから選んだ。そこで私は何ら矛盾を感じてないわけです。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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  • 2011/08/29(月) 09:49:52.17
(日本では)惨状に対する異常なヒューマニスティックな同情から革命衝動が起るということは現在ではほとんどない。
(中略)被圧迫者が傍にいるという状況は、インドでホテルの二階で食事をとっていますと、窓から街路には
飢えた乞食がいっぱい見える。かわいそうな佝瘻(くる)病の少年が痩せこけた自分の弟を腕に抱いて、
もう一方の手を伸ばしています。それを見るとこっちは御飯が食べられなくなっちゃうですね。そういう国でこそ
共産革命ないし革命の情熱が涌き起るかというと、インドの共産主義者ってみんな金持ちなんです。なぜかというと、
共産主義の文献を読むにはお金がなければならない。金をかけて大学を出なければ……。みんなオックスフォード、
ケンブリッジへ行くのです。そういう上流階級が主に共産主義者の中心になって、しかも共産主義の知事のいる県は
他の県に米を移出しない。ですからその県に、米があっても、隣の県の飢え死にを放棄する。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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  • 2011/08/29(月) 09:51:29.36
我々はヒューマニスティックな愛情を何に対して持つか。ニューヨークじゃ、もう人間に同情する人がなく
なっちゃったのでみんな犬に同情している。それがアングロ・サクソン動物愛護協会というものなんです。
これは生活の余裕がなければできないことで、オールビーの「動物園物語」という芝居をご覧になった方は
わかりますが、犬を可愛がって、犬としか対話しない人間が長々と出てきます。人間というのはそういうふうに
なっちゃうものなんですね。愛情と憐れみを何に向って与えようか。その溢れるアフェクションの中からどうやって
社会革新の情熱を呼びさまそうか。人間はこういうものを考える動物だと思います。
ちょっと問題が大きくなりましたが、その中で自我というものは大きくなればなるほど本来今言ったようなものが
溢れているはずなんですが、その溢れる対象に使われない場合には、何かでそれが捩じ曲げられてぶつかって
いくことになるわけですな。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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  • 2011/08/29(月) 09:52:57.66
天皇と国民を現代的感覚で結びつけようということは小泉信三がやろうとして間違っちゃったことだと思うのですよ。
小泉信三は結局天皇制を民主化しようとしてやり過ぎて週刊誌的天皇制にしちゃったわけですよ。そして結局
国民と天皇との関係を論理的につくらなかったと思うのです。というのは、ディグニティをなくすることによって
国民とつなぐという考えが間違っているということを小泉さんは死ぬまで気がつかなかった。それでアメリカから
変な女を呼んできて皇太子教育させたり、そういうふうな形でやってきたわけです。ですからその考えはまだ
宮内官僚に随分残っているから、当然天皇制というものがそういう形でうまく国民と結ばれるということについては、
私は悲観的ですね。

三島由紀夫「国家革新の原理――学生とのティーチ・イン その二」より

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