facebook twitter hatena line google mixi email
★お気に入り追加


  • 257
  •  
  • 2021/09/03(金) 11:10:09
>>256
金箔そうでしたな、一応。関東包囲以外の私的使用も城主次第で宥恕されたみたいなこと近年言われてるみたいっすが。
まじゃ無かったのなら、太めの高欄に擬宝珠は付けたかも。塩害の立地で鉄は避けても、防御と見通しと威嚇はマストなので、安宅船の矢倉まわり同等以上の押出構造は工夫されたはず。

そして少なくとも近世の網元屋敷程度は、番匠や宮大工に配慮されて然るべき。
普請も作事も、また灯台機能の櫓も念持仏と下賜刀安置の堂もそこそこ番屋長屋の半農半漁百姓から見りゃ、きざはしを構えた御殿様だったとラノベ脳が発しておりますぞ。


ただ、
> 城砦は贅沢さや天守ではない

これは吾が庭訓でもあるっすよ。
子供の頃から畝状竪堀の連なりを飛び越え切岸を駆け上がり防空壕転用された廃窟で泥まみれ虫まみれになり鍵之手クランクで家臣団末裔宅の土塀にチャリアタックしてきた身の奥底から沸いてきたシャウト・フロム・ザ・ソウルっす。

ここまで見た

★お気に入り追加

このページを共有する
facebook twitter hatena line google mixi email
おすすめワード