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  • 2021/06/11(金) 21:34:11.64
NHK大河ドラマで一度ある呼称を使い出すと中々訂正しないきらいがある。浅井長政をあさいからあざいに変えたが、反論あっ
てもあざいのまま。高台院もねねだったが平成8年の「秀吉」以降はこれまた反論されててもおねが多い。要は、役人の無謬性ならぬ
NHK職員の無謬性w 更にたちの悪いことに、大河ドラマの呼称は正しいものであると喧伝されやすい。
ここに目を付けたのがNHK内の在日鮮人職員ども。中世史家の唯の「概念」である【王家】なる言葉を、黒田俊雄・本郷和人など
曲学阿世の徒をヨイショして引っ張り出して大河清盛で皇室を貶める意図で利用。【もののけの血】と合わせ技一本で皆が視聴を
辞めるトリガーになった。軍師官兵衛でも唐入り(朝鮮出兵)が悪であるかの如き描かれ方。そして豊臣秀吉は狒々ジジイ扱い。
しかし第2次世界大戦後の高度経済成長の時代に於いては農民から関白にまで立身出世した英雄であり自らの息子に「秀」の名をあや
かって付けるのが流行ったりした。その風潮はあの田中角栄を今太閤と呼んだことでも伺える。
そもそも唐入りは、国内を強力な軍事力で統一した後に外征に転じたアレキサンダー大王やナポレオンと同様の事情による。秀吉は彼
ら英雄と同様の行為を行ったに過ぎない。つまり国内統一過程に於いて形成された兵士の雇用問題の解決手段であったのだ。
要は俺にも出世の機会を与えろとの兵士の力が内に向かない様に外に向けたという歴史の必然である。また突出した256万石を持つ徳川
家康に対抗する勢力として加藤・福島ら豊臣子飼いの武将を外征によって同様の石高に増やそうという狙いもあった。故に家康は国内
に留め置かれたのである。

で、英雄たる秀吉と騙し打ちで豊臣家を滅ぼして嫌われた「狸オヤジ」こと家康の立場が逆転したのはいつからであろうか?
それはバブル崩壊後の在日鮮人が日本社会に浸透した失われた20年の間である。秀吉を嫌う鮮人らはマスコミや教育界に成り済まし
帰化人として浸透し「朝鮮征伐」の言葉を死語にするとともに秀吉排斥を密かに進めたのである。
彼らのやっていることは、神功皇后
の三韓征伐を神話として虚構化したり、倭国なるシナの卑語を殊更強調しての歴史教育など我国歴史の改竄に他ならない。
成りすまし帰化議員結社たるロリっ憲ミンス党などリベラルを僭称するパヨクが声高に言う、人権やらヘイトスピーチやらの言葉の裏
に隠れた彼ら在日鮮人による間接侵略をそろそろ阻止する時期なのである。

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