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- 2021/02/24(水) 10:03:27.01
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>>102
昭和50年代は神奈川県内の子供の数が急増して
公立中高の増設が後手に回ってた時代なんだよ。
そこでちょうど横浜北部で都内からも通いやすい
桐蔭がアッパーミドルクラスの子弟を集めた。
合格者が多いのは生徒数の多さによるところも大きい。
のちに、生徒の数が減り始めて公立高校が逆に統廃合され、
バブル崩壊とも重なって、桐蔭を志望層のトップクラスが
ごっそり抜けた。特に横浜市は公立中学のレベルが高い地域が
多いので、トップクラスの中高一貫を滑った生徒が県立から
難関大学を目指す傾向にある。学区制が廃止されたのも大きいね。
どこからでも湘南や翠嵐などを受験できるようになったから。
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