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  • 2018/04/18(水) 00:28:17.56
江戸時代、仙台藩は米作りに力を入れ藩は、経済政策の一つとして買米制にして農民が年貢を納めたあとの余剰米を買い上げた。
寛文8年(1668)、藩は「百姓条目」で農民が米を食べるのを禁じた。
農民も米のほかに換金作物があまりなかったので、年貢以外の貢租を納めるため米を換金した。
農村には食料にする為の米はわずかしか残らなかった。  
藩に買い上げられた米は、江戸へ運ばれた後、転売され藩財政になった。
江戸の庶民が普段仙台藩で作られた米を食べている時に、仙台藩の農民の主食は、麦・粟・稗・大根・大根の葉などをいれた「かて飯」だった。

江戸に来ると脚気にもなるわな

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