facebook twitter hatena line google mixi email
★お気に入り追加


  • 99
  •  
  • 2020/01/17(金) 15:38:15
>>98
玉川高島屋SCを開発した高島屋・東神開発取締役の倉橋良雄氏の「ザ・ショッピングセンター : 玉川高島屋SCの20年」(昭和59年刊行)や、後の社長濱頭秀昌氏ら複数の著書、雑誌寄稿を確認した。

それによると、欧米視察旅行でショッピングセンターを日本に導入することを決めた倉橋氏は、二子玉川の今後の発展可能性を高く評価。東神開発を立ち上げ、二子玉川の土地買収を開始。当時は「2ヘクタールの田圃が広がっていた」(濱頭氏)。粛々と地主と交渉して買収を進めていったが、「駅の東側(注:西側ではない)に5万坪の土地を持つ」(倉橋氏)東急不動産が、「西武が買収を進めているのか?」と疑心暗鬼になり、西口側の土地の買収を対抗してはじめた。そこで高島屋側が五島昇と直談判、「高島屋なら問題ない」ということになり、対抗買収をやめた。しかしSC初出店のスクープ報道が出たことで農家の地主が土地代を釣り上げるなどして買収には手こずったが、最終的に完了した。

一方、地元商店街(二子玉川商店街・玉川商店街)との事前接触だが、倉橋氏が挨拶に行ったところ「高島屋さんと銀座のお店が来られるのでしたら、私どもは全然異論はありません」という反応だった。当初「高島屋が進出してくるらしい」というウワサを聞いて、地元民たちは世田谷区役所の経済課長に相談したところ「鴨がネギをくわえてくるようなものだ。受け入れないと損ですよ」と説かれたと。

ここまで見た

★お気に入り追加

このページを共有する
facebook twitter hatena line google mixi email
おすすめワード