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  • 2012/06/14(木) 15:09:31
中通りというのは、いわゆる避難区域には指定されず、
かといって、線量は、相馬やいわきなどよりぜんぜん高い。

いわゆる放射線管理区域に入るところばかりです。

ちょっと努力すれば、100マイクロシーベルト(毎時)なんて、幾らでも探せる。

本当に感覚が麻痺している。
完全に異常な状況の中で生きていくためには忘れなくちゃいけないし、慣れなくちゃいけないのです。
無理やり自分で自分を抑圧するのです。

これは、どんなに偉い学者さんが、どんなに実績のある知識人が、
「心配することはないんだ。原水爆の実験とときよりも、今回の方が線量が低かった。チェルノブイリの10分の1に過ぎない。低線量内部被曝の危険性は、科学的に確かめられていないから大丈夫だ」と幾ら言われたって、
心の中に芽生えた不安は、やはり消せないです。

そして最も呪うべきというか、情けないなと思うのは、人と言うのは、100マイクロシーベルトだって生きるのです。

くよくよしながら生きるのです。でもやはり無理だと、家財も仕事も何もかも捨てて、逃げなくてはいけないのではないかと思っても、
いわゆるサラリーマンや、都市生活者は、
言われことは耳に痛いし、理屈としては分かるのですけれども、でも捨てられないのです。

それが今の現実の福島だから、なんだ、福島に来たら普通に人が暮らしているし、
みんな、普通の市民生活をしているじゃないか。
福島は大丈夫だよと思うのだけれど、でも一週間でもいて欲しい・・・というか、人間の住める場所ではないですから、
そこが言いづらいところなのですけれども、1週間か10日いないと見えてこないことがあります。

福島の人たちはみんな今、ビクビクしているのです。何か、お互いに探りあっているような状態で、
あの家の人が、洗濯物を外に干しているか、中に干しているかによって、
自分の仲間なのかそうではないのかということを見ている状態です。

本当に原発事故は、百害あって一利なしで、起きたらおしまいだということです。もう復帰は無理です。起きたらおしまいなんだ。

ここまで見た

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