facebook twitter hatena line google mixi email
★お気に入り追加


■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

  • 1
  •  
  • 2011/10/31(月) 05:01:30.56
ファムかわいい
ここまで見た
「もう少し、休んでいてください」
ひとしきり朝の儀式を堪能したリリアーナは、そう言って寝台を抜け出そうとした。
朝食を作るのは彼女の仕事だった。
当初は慣れない作業に難儀をし、この世のものとは思えない存在を造り出したこともあったが、
今では茶を淹れ、パンを温める程度ならば文字通り朝飯前だった。
まだあまり上手いとは言えないが、少しは食べられるものも増えてきたのだ。
働かざるもの喰うべからずというのは、空族ならずとも市井の間では当然の事実だった。
リリアーナはここへ来て初めて土を触り、芋を掘ることさえ覚えた。
炊事や洗濯といった日常の雑務は、リリアーナにとっては初めての経験だった。
冗談ではなく、書物より重たいものを持ち上げたことなどなかったのだ。
瑕一つなかった白い手にはあかぎれができ、夜眠れないほど痛むこともあったが、彼女にとってはその痛みすら勲章に思えた。

その栄えある御手をルスキニアが掴んだ。
「朝食はまだいい」
均衡を崩したリリアーナは寝台の上に柔らかくくずおれた。
見上げた天井がルスキニアの顔で覆われた。
ごく近くで、薄い色の瞳が射るように見つめていた。
狩人の美徳である容赦のなさが、彼女をシーツの上に縫い留めていた。
今度は、閉じ込められたのはリリアーナの方だった。
けぶる瞳を瞬かせながら彼女は囁いた。
「わたくしをどうなさるの?」
ルスキニアの指が、リリアーナの唇から頬にかけての曲線をなぞった。
狙いを付けられた獲物の感覚が、彼女の神経を高揚させた。
徐々に頭をもたげはじめていた彼女の欲望を汲み取るように、男は言った。
「どうされたい」
答える代わりに、リリアーナはルスキニアの首に腕を回した。

明るい朝の日差しの中で、ルスキニアはもはやどんな欲望も隠そうとはしなかった。
リリアーナもまた、彼に己のすべてを晒すことを躊躇わなかった。
望み、望まれているという事実が、彼女をより一層大胆にしていた。
姫君であった頃であれば眉をひそめたであろう所作も、彼女の奔放さを繋ぎ止める鎖にはならなかった。
咥えた喉の奥でルスキニアが爆ぜるのを感じるのが、リリアーナは好きだった。
小鳥が枝を離れて飛び立つ瞬間のように、それは力強い歓びに満ちあふれていた。
かたく抱きしめ合うと、その歓びはさらに確かに感じられた。
あるべきものがあるべき所に収まっているのだと思えた。
絡み合う腕や脚、肌の間に存在するのは、互いの欲望以外にない。
ルスキニアの指は、何度でも飽きることなくリリアーナの根源に触れた。
この世で一番珍しい鳥の卵を扱うように繊細な手つきで触れられるのは悪い気分ではなかった。
ルスキニアは相変わらず寡黙だったが、言葉にはしなくても大切にされているということは分かった。
押し寄せる波頭に攫われそうになるのを、二人は幾度となく堪えた。
何度目かの大きな潮のうねりが、自分とルスキニアを柔らかく押し流すのをリリアーナは感じた。
彼とともに、誇らしく強かな何かの一部となって波間に漂うことは、なんと素晴らしいことだろう。
いまやリリアーナを所有しているのは彼女とルスキニアの二人だけだった。
ここまで見た
「わたくし、あなたのことを天使だと思っていました」
浅い息を吐きながら、リリアーナはルスキニアの裸の胸に頬を寄せた。
押し付けた耳から伝わる彼の鼓動もまた、自分と同じように弾んでいることがどこか小気味よかった。
「天使?なぜ」
「最初にお会いしたとき、ファラフナーズ様が、そうおっしゃったの。
 あなたたちは、空からやって来た天使なのだと。
 だからわたくし、初めてあなたの裸を見た時は少し期待していたのです。
 もしかしたら、背中に翼があるのじゃないかって」
「期待に添えず、すまなかったな」
「構いません。あなたが天使だったら、きっとわたくしとこんなことはしてくださらなかったでしょう」
「違いない」
そう言ってルスキニアはリリアーナの頭を抱き寄せた。
接吻を期待するふりをして、リリアーナはそっと目を伏せた。
寝台を共にするようになってから、それまで染み一つなかったルスキニアの背中に傷痕が残るようになったことを知っていた。
彼に羽根がないのは、自分がそれをもぎ取ったからかもしれないと彼女は考えていた。

「…‥後悔、してはいませんか」
「何を」
「わたくしの手を取って、アデスを去ったことです。あなたは、ファラフナーズさまのことを」
取り縋るように見上げると、全てを見透かしているようにも、何ひとつわかっていないようにも見えるルスキニアと目が合った。
「ギルド人の身体能力は、十代後半が最高潮だと言われている。その後はただ衰えてゆくだけだ」
なおも言い募ろうとしたリリアーナをルスキニアの言葉が遮った。
「俺もアラウダも、護衛としては少々とうが立ちすぎていた。後進に道を譲るべき時期だった」
返す刃で深く斬りつけられ、リリアーナは言葉を忘れた。
「後悔しているのは、お前の方ではないのか」
失ったものの数を数えれば、リリアーナの方がその損害の大きいことは誰の目にも明らかだった。
「わたくしは…」
彼女の視線が惑ったのは一瞬のことだった。
すぐにルスキニアを見つめ直したリリアーナは彼の手をそっと取りながら言った。
「わたくしは、後悔していません。こんなに穏やかに暮らすのは、生まれて初めて」
あかぎれの痕の残る細い指が、陽に灼けて少し硬くなったルスキニアの指としっかりと絡みあった。
「あなたの腕の中は、わたくしにとって世界で一番安全な場所なのよ、ルスキニア」
ここまで見た


その年最初の雪がカルタッファルの家々の屋根を白く染めた朝だった。
リリアーナは夢を見て飛び起きた。
不吉な夢だった。
世界は争いと怨嗟に満ち、空は数多の戦艦で黒く埋め立てられていった。
トゥランに月が落ち、大地は朱に染まった。
夢の中のルスキニアは冷酷な独裁者で、世界を踏みにじった挙げ句に、誰にも看取られることなく孤独の中で世を去った。
目が覚めても動悸が収まらず、瞳からは涙が溢れて止まらなかった。

「リリアーナ!リリアーナ!」
強い力で揺さぶられて我に返った。
「ル…スキニア?」
「どうした、うなされていたぞ」
怪訝な顔をしたルスキニアが顔を覗き込んでいた。
その眉間に皺が寄っているのを見てリリアーナは再び涙を流しはじめた。
正体もなく彼の胸にすがって泣いた。
「ルスキニア、ここにいるのね。わたくしの、手の触れるところに」
表情が変わるということは生きている証だ。
それは、夢の中で最後に目にした彼からは失われたものだった。
「よかった…本当に、よかった」
「俺はここにいる。お前を置いて、どこへも行かない」
ルスキニアの表情は戸惑いの色が濃かったが、手の所作は迷いなく力強く、動揺するリリアーナの心を現実に引き戻した。
広い大きな掌でリリアーナの顔にかかった髪の気束を取り除け、頬を包むようにしてルスキニアが言った。
「消えそうなのは、お前の方だ。リリアーナ」
溢れた涙が、彼と自分の肌の間に染み入っていくのを彼女は感じた。
温かな指の感触は、リリアーナを安堵させるのに十分な力を持っていた。
それでも、すべての不安を払拭するのにはまだ遠い。
身を起こしたリリアーナはルスキニアの頭を掻き抱いた。
「抱いてください、ルスキニア。わたくしがここにいるということを、あなたの手で確かめて欲しいの」
「リリアーナ…」

「あー!まーた朝っぱらから盛ってる!」
突然響いた能天気な叫び声に、ルスキニアの愛撫に身を任せていたリリアーナは悲鳴を上げた。
床に作られた押上式の扉から、小さな頭が覗き、オリーブ色の瞳がこちらを見つめていた。
「ファム!だめだったら!」
押し殺したような叱責の声が聞こえたが、少女は気にする様子もなく梯子の最後の段を踏み上がった。
「こら、総統!リリー様を解放しろー!」
足取りも軽く駆け寄った栗色の髪の少女は、ルスキニアの身体を押し退けてリリアーナの身体に抱きついた。
総統というのは少女がルスキニアに付けたあだ名だった。
左目を覆う眼帯が悪役然としているというのがその由来だった。
「だって、いかにも悪者って感じじゃん」と彼女は宣った。
「実際、お姫さま攫って囲い者にしてるわけだしさぁ」
ここまで見た
「ねえねえ、リリー様。今のは何回目?総統は早漏だってフリッツたちが言ってたけど、本当なの?」
「コレット、ファンファンを摘み出せ」
慌ててシーツで身を隠すリリアーナの周りを飛び回りながら、さかんに囀るファムを示して、
苦虫を噛み潰したような表情のルスキニアが言った。
おっとりとした動作で部屋に入って来た黒髪の少女は、彼らが世話になっている空族の長の娘だった。
ルスキニアの言葉に応えようと彼の方を向き、そしてすぐに顔を背けた。
「ルキアさん、その、言いにくいんですけど、前は隠したほうが…」
男は黙って椅子の背に掛けてあった肩掛けを下半身に巻き付けた。
無垢な乙女の目に入れるのは憚られる形状を呈していたからだった。
お世辞にも優雅とは言えないその所作を見て、息を抜くような奇妙な音を立ててコレット嬢が笑った。
「毎朝お盛んですね」
「毎朝ではない。せいぜい、一日おきだ」
「じゃあ夜は?」
黙して答えないルスキニアに、少女は頬を染めて口を歪めた。

「なんにせよ、色惚け総統の伝説に、また新たな一頁が書き加えられたわけだ」
服を着るために奥へ下がったリリアーナから離れたファムが、相棒の傍らへと駆け戻ってきてそう言った。
「なんだそれは」
「伝説そのいち。ヴェスパの運転中に振り返ってリリー様とキスしてたせいでグランレイクに落っこちた。
 伝説そのに。夕飯の支度の途中でおっぱじめたせいで焦げたポテパンにより火災が発生。
 あやうくカルタッファルが火の海に。
 伝説そのさん。テレザおばさんの若い時の服を着たリリー様を見て……」
ここまで見た
「ファムー! ジゼルー!」
滔々と述べ立てる少女の言葉を遮るようにして、よく通る声が響いた。
ルスキニアは今回も、ファム・ファンファンを絞めころす絶好の機会を逸した。
「ディーオ!」
足取りも軽く階段を登ってくる音が聞こえ、ディーオと呼ばれた少年が、 床板に開いた扉から顔を覗かせた。
「やあ、総統とリリー様は起きた?」
彼は、隈取りのある瞳をぐるりと巡らせて、部屋の中を面白そうに見回した。
ルスキニアと目が合うと含みのある視線を送ってみせた。
その意味は、お気の毒様といったところだろう。
総統閣下は威厳を持ってそれを無視した。
布に覆われた股間に目を止めた少年が、愉快そうに笑ったのを知っていたからだ。
服を着て奥から現れたリリアーナが、ディーオを見て声を上げた。
「ディーオ、あなたまで。一体どういう風の吹き回しです」
「ルスキニア、それにリリー様。お楽しみのところ悪いけど、お二人にビッグニュースだよ」
ディーオの言葉に、 顔を見合わせたファムとジゼルがはしゃいだように歓声を上げた。
手を取り合って、 少女たちは笑った。
「ミリアが来るの!」
ここまで見た
投下は以上です
読んでくれた人に感謝

次回投下が最後になるかと思いますがそれまでスレが残っているか少し不安です
落ちていた場合はお焚き上げスレあたりに落とすことにします
ここまで見た
  • 939
  •  
  • 2012/10/10(水) 00:22:00.95
投下来てたー!乙です!穏やかでいいな
この世のものとは思えない存在を造り出していたリリー様にワロタw
次で終わってしまうのは寂しいけど続き楽しみにしてます
ここまで見た
  • 940
  •  
  • 2012/10/10(水) 03:18:18.50
>>938
GJです、お盛んな2人良いw
2人の貴重な話もっとずっと見ていたい
ラストのんびり待ってます
ここまで見た
  • 941
  •  
  • 2012/10/10(水) 12:56:06.97
>>938
乙です!ルスリリにカルタッファル勢が絡むと可愛いな
ラストも楽しみにしてます
ここまで見た
1期のタチアナいじめを見かねて、個人的にスッキリしたくて
書いた。ファムで出番があったから、あーあwと思ったものの
…創作という事でお許し下さい。貴重な残レスを減らして
すみません。イーサンとアリスティア。

=白い月=

なま暖かい雨がざあざあ降っている。
干ばつ地帯には避難命令が出て、街の軒という軒に
避難民があふれている。でも、避難民も、街のやつらも
どこか浮かれている。
数年間待ち望んでいた雨が降りだして、すぐではなくても
いずれかは、赤茶けた大地に水と緑が戻ってくることを
若く美しい新皇帝が宣言したからだ。

俺は雨を避けてアリスティアとふたり、安ホテルに泊まってる。
明日はアリスティアが先遣隊として母星に帰還する日だ。
正直寂しい。でも先遣隊が安全が確認すれば…俺はアリスティアを
追って地上に降りる。ほんの少しのお別れだ。
17才のアリスティアが、再会したときにはさらに肉感的に
成長している姿を想像して俺はにやける。

「…どうかした?イーサン」
同じシーツにくるまった裸のアリスティアが俺を見て言う。
スケベ心を見透かされたようで俺はあわてて表情を引き締める
「なに?」「笑ってた…口がこう…いきなりこんなふうに」
アリスティアが胸元で重ねた手をわずかに動かして
2本の人差し指で自分の口の端を持ち上げてみせる。
やさしく下がった目尻と、持ち上げられた口角が
可愛らしい笑顔に見えて、俺は愛しさがこみあげて、
乱暴にアリスティアの頭を抱き寄せる。
「あ、…ん」
胸にすっぽり収まったアリスティアに言う
「愛してる」
「…ふふ」
茶味の強いブロンドが絡まないように細い首と女らしい肩に
指を滑らせると、アリスティアは行為の後で敏感になった肌を
粟立てて甘えるような鼻声を出す。 張りのある瑞々しい肌も、
細身の身体に不釣り合いな大きな乳房も、筋張った俺の足を挟む
柔らかい足も、その付け根の密壷も。
すべてが愛しくて、俺はまた引きずられるようにアリスティアに
のしかかりたくなるけど、今は我慢だ。だって。
ここまで見た
俺は表情を引き締めて、今日こそは言おうと思っていた言葉を続ける。
「ち、地上に降りたらさ…、俺は家を建てるから、そしたら…
俺と一緒に住んでくれる?」
「………」
アリスティアは返事をしない。
相手は17才の、まだ少女と言っていい年齢だ。
俺みたいな、整備士としては下っ端の、ぱっとしない年上と
将来を約束するのはまだ早いと思っているのかもしれない。
アリスティアは黙ったまま、俺の腕からするりと抜け出す。
裸のままテーブルまで歩いて、トレーの上に伏せられた
コップのひとつに水挿しから水を注ぐ
「……な…、なんか、反応がないね」
「薬を飲む時間だから」
「あ、ああ。ありがとう」
事故の後から俺は眠れなくなって、酒と、アリスティアが
運んでくる薬に厄介になっていた。
「アリスティア、あの…薬の前に、さっきの返事がほしいな」
「薬を飲んだら返事をあげるわ」
俺の手に薬包を握らせて、母親のように微笑みながら
コップを差し出すアリスティアの言葉を聞き、俺はぱあっと
気分が明るくなって、急いで大きな薬包の中身を口に流し込む。
アリスティアはそんな俺の様子をベッドに腰掛けて見ている。
「…それで、返事。私とあなたが母星でいっしょに住むっていう」
「う、うん」
俺は色よい返事を期待して、ベッドの上で背筋を伸ばして身構える。
「イーサンは母星で何をして暮らすつもり?」
「え。あー。うん。機械の整備の仕事をしながら、農業…かな?
ヴァンシップを直すだけじゃなくて、農業機械の整備もできるし…。
畑も耕せるよ。アリスティアの好きな、棗椰子を植えようか。
それと、水が多い大地で育つような…、小さい頃に食べただけだけど、
えーと萵苣。あれはおいしかった。そういうのを」
「…水、ね。母星には、あるのかしら」
「あるよ。ここに雨が降らなかったのは、ギルド人が
さぼってたからなんだろ?」
「作物は、穫れるのかしら」
「植えれば育つんじゃない?」
ベッドに腰掛けて考え込んでいたふうのアリスティアが
大きく息を吸い込んでため息とともに言う。
「……ばかみたい」
「え?」
アリスティアは肩越しに俺を見る。
「無害な環境だけ切り取られて、ぽっかり空に浮いていた私たちが、
これから地上に降りるのに、どうしてそんな幸せな未来ばかり
思い描けるの?」
アリスティアが背中にかかる髪をまとめて、左肩に回す。
「母星の様子はギルド人すら把握していない。
ただアルヴィスが産まれてエグザイルが起動したから降りるだけ。
母星では先住民と交戦する可能性がある。私は、畑を耕しに
行くんじゃない。人を殺しに行くのよ」
意外な、いや軍人なら当然だけど。さっきまで年端もいかない
少女と思っていたアリスティアの変化に俺は戸惑う。
ここまで見た
「…ぼ、母星に、降りたくなかったんだ?」
「降りたくなかった…」
アリスティアが天井を見ながら俺の言葉を繰り返して
首を左右に振る。
「いいえ、タチアナが降りると言えば、私は従うわ」
俺は、威圧的なまでに美しいタチアナの横顔を思い出す。
「あのー……、何も主君だからって、いやならいやって言ってもいいんだろ?
従わなくても。軍だって、辞めればいいんだし…」
そうだ。主従だからと言って、タチアナと一緒にアリスティアまで
危険な真似をする必要はない。アリスティアは俺の妻になって、
俺の子供を産んで、お母さんになることだってできる。
「……変なイーサン」
アリスティアが表面上は穏やかに、俺の言葉を否定する。
「タチアナが、帰還は軍功を挙げる好機と考えるなら私は付き合う。
私が生涯をかけて従う人はタチアナだから。」
いつもの静かな調子でアリスティアは話を続ける。
「…だから私は、タチアナを侮辱し続けた男たちを許さない。
それはあなたも例外じゃない。イーサン」

−傭兵として乗船してきたふるいつきたくなるような美貌の少女に
真っ先に声をかけたのは俺たち整備士だ。
タチアナと名乗ったその少女は、お義理の敬礼の後に無表情で
そっぽを向いた。
傭兵のくせに、ずいぶんと偉そうな、ツンとした態度だった。
後からその少女が、士官候補だった貴族で、身分が違うことを
説明されても初対面の生意気な印象を払拭することはできず、
俺たちは彼女にずいぶん意地悪をした。
時には、泣かせてしまうくらいに。
泣き出した彼女の傍らで、従者だというアリスティアは
黙ってその様子を見つめていた。途方に暮れたような、
悲しそうな表情で。

あの時のような悲しい顔をさせた気がして
『いや、そんなつもりじゃなかったんだ』って、俺は慌てて
手を伸ばす。シーツをはねのけて、ベッドに腰掛ける
アリスティアの背中に触れようと。
そこで俺は大きくふらつく。ベッドのスプリングに弾かれて、
サイドボードに強く腰を打ち付ける。
どういうわけなのか、そのまま頭が床に投げ出される。
何が起こったかわからない。
視界が切り替わっただけで、衝撃も痛みも感じない。
アリスティアは驚くふうはなく、ベッドから転落した俺を
避けるように立ち上がった。
俺はあれっ、と思う。声が。出ない。
アリスティアが言う
「薬が効いた?」
薬?薬。いつも飲んでる入眠剤はこんな効き方はしない。
「心配ない、イーサン。意識を失った後に、吐瀉物による窒息死。
苦しい事はひとつもない。ただ人生が終わるだけ」
何を言ってるんだ?
「言えなかったけど…イーサン、私の最愛の人はタチアナなの。
私は誰より深く、タチアナを愛してる」
ここまで見た
……愛してるって?冗談だろう。女同士で。
俺は、こんな時なのにアリスティアとの夜を思い出す
俺に巻き付いて離れようとしない足。その柔らかい締め付け。
男に適わない非力な筋力に反して俺をぎゅうぎゅうに
締め付けるヴァギナ。奥に深く、吸い込まれていくような快感。
アリスティアが俺でイクときの形と暖かさを俺は知ってる。
アリスティアが俺をどれほど激しく求めたか俺は知ってる。
こんないやらしい身体の持ち主が、女で満足できるはずはない。
「……私が、女で満足できるはずがない?」
勘のいいアリスティアはたまに相手の心を言い当てる。
息が止まるようなタイミングで。
「そうかもね。イーサンひとりじゃ満足できなかったし」
「ゴドウィンやコスタビとも寝た」
ああ、知ってる
「イーサンが嫉妬に狂ってふたりを殺してくれたのは助かった」
あれは、事故だよ。
「故意に、イーサンは手を滑らせた。私は見てた」
アリスティアは俺に近付いて、俺の身体がどこまで動かないのか
観察している。痙攣する俺の瞼を手で抑えて、そのまま、ご褒美でも
与えるように俺の頭を撫でる。
数回それを繰り返すと、ずいぶん暫くして、俺の耳元で…
「滑るような細工をしたのは私だけど」
耳元で、そうあってほしくなかった事を囁く。

ああ、アリスティア。アリスティア。
言ってくれれば、頼んでくれれば。
俺は、仲間を殺す事くらい何でもなかったのに。
俺は、アリスティアのためならどんな事でもできるのに。
アリスティアの心が俺に無いとしても、それでも俺は。

「これまでありがとう…。でも、さよなら。イーサン」
閉じられた瞼の中で足掻いても、指の一つも動かない絶望に
打ちのめされながら。俺は、アリスティアが部屋を出ていく音を
ただ聞いているしかなかった。

 ***

何日も降り続いた雨を今朝だけは止ませる事にしたのだろうか。
明け方に雨は止んで、雨雲の向こうの朝日が世界を黄色く染めている。
エグザイルで母星に搬送される予定の戦艦群は濁流の川を
見下ろす丘の上に停泊している。乗船時間まであと1時間。
帰還する家族や友人の艦を見送ろうとする人々、
彼らに花や土産物を売ろうとする露店。ぬかるんだ地面の上で、
逞しく展開されるお祭り騒ぎを手をつないだアルとホリー、
クラウスとラヴィ、生体キーを監視するタチアナとアリスが
乗船待機場所から見つめていた。
ここまで見た
送別の賑わいに圧倒されて、アルが掠れた声で訴える。
「大丈夫かな…私、ちゃんとエグザイルを飛ばせるかな…。
ホリー。ラヴィ、クラウス」
「だいじょーぶだって。練習したじゃない。あたしたちがついてる!」
「起動すればあとはオートコントロールと聞いているし、何かあっても
ギルド人がどうにかする約束だよ。心配しなくて大丈夫」
のんびりしたクラウスに優しく微笑まれ、アルはエプロンドレスの
裾を握ってうれしそうに頬を赤らめる。
「クラウス!」
「げっ、ゲイルさん?」
「イーサンを見てないか?一緒にお前らを見送るつもりだったんだ」
「それは、僕よりアリスティアさんのほうが…タチアナさん」
「アリス?イーサンは見送りに来ないのか?」
タチアナに問われると、アリスティアは目を伏せて答えた。
「…来ると、もっと悲しくなって、みっともなく泣いてしまう
だろうから、見送りには来たくないって言ってたわ。…彼ね、
すっごく落ち込んでて。見てられなかった」
「そんなにか…ゴドウィンとコスタビの葬儀から雰囲気が
暗かった…、イーサンのせいじゃないのに。」
つい数週間前の事故で亡くなった整備士達の葬儀を思い出して
一同はどこか沈んだ気持ちになる。その雰囲気に耐えられず、
ラヴィが口を開く。
「で、でも、ほら。イーサンは、後からアリスティアさんを
追っかけてくるんでしょ?」
アリスティアはラヴィを見て、首を左右に振る
「志願はしたみたいだけど…、よくわからないわ」
生真面目なタチアナは、公認の仲の相手に対する無頓着な
アリスティアの言い方を聞き咎める。
「そういう煮え切らない態度が…、アリス」
「タチアナ…、お母様がいらしてる。お別れを」
「あ、ああ」
人混みの中の、車椅子のヴィスラ準男爵とその奥方のもとに
タチアナを向かわせると、アリスティアは胸ポケットから
包みを出してゲイルに向き直る。
「ゲイル、これ。気休めだけど…、蛇除けの香料が入った軟膏なの。
干ばつ地帯の大水に土嚢を積みに行くんでしょ?
あそこは、毒蛇が出るから」
「お、こりゃどうも」
「長靴の間あたり…地肌に塗って、休憩時間にまた塗ってね…お餞別よ」
「イーサンには?」
「夕べ渡してる」
ホテルのサイドボードに置いてきたのは蛇除けの香料だが、
ゲイルに今渡したのは蛇寄せだ。毒蛇に咬まれてゲイルが死ぬか、
それはわからないが、イーサンと関係を持ちながらゴドウィンや
コスタビを誘惑していた事に後々気付かれては都合が悪い。
念のためだ。
ゲイルはアリスティアに渡された軟膏の蓋を開けて、自分の好みの
香りであることを確認してにやっと笑う。
「もう世話女房の貫禄じゃないか。酒もやめろって言ってるんだろ?
イーサンとの結婚式には呼んでくれよ」
「…よく言われるけど。まだ早いでしょう?」
目を伏せて静かに否定する姿は照れているようにも見える。
ゲイルはアリスティアの左肩を何度か叩き
「身体に気を付けてな!」と励ます。
アリスティアは素っ気なく「ゲイルもお元気で」と答える。
頷いたゲイルはクラウスのほうに身体の向きを変え、
その肩を両手で掴む。「クラウスには…いずれ会いに行くから、
それまで元気でな?」調子に乗って、曖昧な態度のクラウスに
唇を近付けていくゲイルをラヴィとアルが悲鳴をあげて阻む。
ここまで見た
アリスティアは、自分の渡した軟膏がゲイルの胸ポケットに
入ったのを見届けて……密かに、周りの誰にも悟られないくらい
静かに笑った。

両親に別れを告げて、待機地点に戻ってきたタチアナは言う
「待たせたな」「集合時間どおり」アリスティアは応える。
「今更なのに、母上に引き留められて…イーサンは来たのか?」
「ううん、結局来なかった。ゲイルはあそこで見送るって」
「そうか…シルヴァーナの整備士連中ともお別れなのに…」
「うち2人とは永遠の別れになったわね」
「亡くなっていなければ、2階級特進を自慢して、アカンベーで
別れるつもりだったが…全く後味の悪い別れになったな」
「…タチアナは、乗艦早々いじめられてたから」
「私の態度が悪かったんだろう…そう言ってたしな」
「態度が悪いとか。あんなのはあいつらの言いがかりに過ぎない。
実際タチアナは昇進しているわけだし…気にすることはないわ」
「どうかな…お互い様だろう」
タチアナは肩をすくめて苦笑する。
「今はああいう連中も巧くあしらえる…奴らに鍛えられたおかげだ」
タチアナの切り替えが早いのは聡明さ故だろうか。
そのくせ計算高いところは皆無で、伝えるべき言葉を本来の相手に
伝えられない不器用さがある。アリスティアはそんなタチアナを心底
愛おしいと思う。

−私の、大切なお嬢様

士官学校に入学する直前に、呼ぶなと命令された幼い頃の
呼び方を心の中でつぶやく。
母親に手を引かれ、主人となるタチアナに引き合わされたとき
彼女の美しさに息を呑んだ。お嬢様は、白い月のようだと思った。
それは、昼の暑さが引いていくのと同時に輝き出す。

雨の切れ間の、黄色い空の下。
雨雲の向こうには、映写された夜明けの月が浮かんでいる事だろう。
でも、これから降りる母星の空には真実の月がある。
白い月を追いかけて、追いかけて。私はこれからも。

「時間だな」
タチアナが時計を見て搭乗艦を見上げる。
「そうね」アリスティアは返事をする。
「さあ、アル。ホリー様、お時間ですよ」
「参りましょう」
タチアナとアリスティアはふたりの少女を間に挟んで、
乗艦口へ歩を進めた。

(終)

7も使わなかったw通し番号6にて、謹んで訂正いたしますw
ここまで見た
  • 948
  •  
  • 2012/11/13(火) 00:07:12.59
おぉ新作来てた!乙です!
めったに見ないアリス素材GJです
ここまで見た
  • 949
  •  
  • 2013/01/01(火) 18:02:09.23
>>947
タチアナハァハァ
ここまで見た
  • 950
  •  
  • 2013/01/06(日) 22:45:13.45
ほす
ここまで見た
  • 951
  •  
  • 2013/02/05(火) 05:31:20.36
正座で全裸待機
ここまで見た
  • 952
  •  
  • 2013/02/17(日) 02:31:01.30
続きをずっと待機してる
ここまで見た
  • 953
  •  
  • 2013/03/18(月) 23:04:13.96
まだまだ正座で全裸待機
ここまで見た
  • 954
  •  
  • 2013/03/29(金) 22:07:57.57
いつまでも待機してるわー
ここまで見た
  • 955
  •  
  • 2013/05/11(土) 15:52:12.92
グローリアアウグスタ!
ここまで見た
  • 956
  •  
アウグスタとリリアーナと全裸待機
ここまで見た
  • 957
  •  
  • 2014/03/21(金) 22:53:41.92
a
ここまで見た
  • 958
  •  
  • 2014/06/01(日) 14:05:11.56
新作投下待ってます
ここまで見た
  • 959
  •  
  • 2014/10/29(水) 22:50:01.72
ヴァサントさんかわいいほしゅ
ここまで見た
  • 960
  •  
  • 2015/01/12(月) 16:05:35.22
仮面女子は置いといて↓
年明け早々にとんでもないことやらかした結果
奇跡が起きた!
ワイルドだろぉ

?をsnn2に変える↓
http://?ch.net/s11/0112yuki.jpg
ここまで見た
  • 961
  •  
  • 2015/01/31(土) 02:52:05.51
ここまで見た
  • 962
  •  
  • 2015/12/22(火) 03:07:42.22
ファム総集編映画化あげ
ここまで見た
  • 963
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:37:33.70
グランレースの悲劇が起きなかった未来で
ルスキニア(22)とリリアーナ(16)がにゃんにゃんしてるだけ
ここまで見た
  • 964
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:38:12.39
* * *

「お前に足りないのは、言葉や感情表現ではなく思慮深さだ」
いつだったか、アラウダにそう言われたことがあった。
緑陰から降り注ぐ木漏れ日が白い額を斑に染めていた。
光の加減で左右の目が違う色をして見えた。
虹彩に日差しが射し込んで玉虫色に輝いた。
何事も飲み込みの早い相棒は、心の有り様においてですらルスキニアの先を行くらしい。
「女性に興味を持つようになったのはいいが、匙加減を間違えるなよ、ルキア。
 リリアーナ姫は未来のトゥラン国王だ。お前が懸想したところで、どうこう出来る相手じゃない」
「なぜその名前が出て来る」
苦々しげに言ったルスキニアにアラウダは事もなく答えた。
「違うのか」
「……明言したことはない」
「見れば分かる」
アラウダは声を上げて笑った。
「お前は、自分で考えているより、よほど分かりやすい人間だよ」
「適当なことを言うのはよせ」
見透かしたようなことを言う片割れは、ルスキニアの心を苛立たせた。
しかし睨みつけた視線は遠くを見つめる瞳に受け流された。
「恋はいい。心を豊かにする。だが、身の程を弁えなければ痛い目を見ることになる。
 俺は、俺なりにお前の事を心配しているんだ」
するりと頬を撫でながら感慨深そうにそう言うアラウダに、近頃女の影がちらついていることにルスキニアは気付いていた。
「女は怖いぞ、ルキア。あれは、我々の理解の範疇を超えた存在だ」
「くだらない。男も女も人には変わりないだろう」
その時ルスキニアはアラウダの言を益体もない妄言と切って捨てた。
だが、今にして思えば、あれらの言葉は蓋し至言であったのだ。

* 

「ルスキニア」
震える声で名を呼ばれて、ルスキニアは我に返った。
耳を赤く染めて俯いた姫君が、彼の服の布地を控えめに掴んでいた。
見下ろした首筋から背中にかけての曲線がうっすらと桃色に上気していた。
「わたくしは……わたくしは、あなたに触りたい。もっとよく、あなたのことを知りたいわ」
ルスキニアは混乱していた。
姫君の言葉は大方彼の予想外だった。
己の告白は彼女を不快にさせこそすれ、好意を抱かせるようなものではなかったはずだ。
嫌悪され、軽蔑されてしかるべきだと思っていた。
むしろ、想いを断ち切るために言ったつもりの言葉だった。

混迷する思考の中でただ一つ確かなことがあった。
ここで彼が身を引けば、彼女の面目が潰れるだろうということだ。
いまこそアラウダの言っていた言葉を身を以て体感する時だった。
彼に足りないのは、まさに思慮の二文字だった。
そもそも思慮深い人間であれば、みすみすこのような事態を招く行動は慎んでいたはずだ。
会場の外で花を渡したとき、そこを抜け出して宵闇の庭園へと足を踏み出したとき。
あるいは、噴水を眺める姫君に会場に戻ることを勧めたとき。
引き返そうと思えば出来たはずのいくつもの機会を、自分から取り零してきたのだということに彼は気が付いた。
ここまで見た
  • 965
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:39:04.17
「あなたも同じように思ってくださっているのなら……どうか、お願いです」
ルスキニアは彼女の頬が涙のせいだけでなく上気していることに気が付いた。
薄く開いた口の歯列の間からは幼い欲望が顔を覗かせていた。
ここに至って、ルスキニアは重要なことに思い及んだ。
それはリリアーナもまた彼を望んでいるのかもしれないという可能性だった。
甘く香る花に誘われて罠に嵌り込んだのは自分の方かもしれなかった。
己の指が、我知らず少女の身体に触れているのにルスキニアは気が付いた。
手の内にある身体の華奢さに身震いした。
なるほど、女は恐ろしい。

「リリアーナ」
何かに背を押されるように一歩踏み込んだ彼に、今さら怯んだ様子の姫君が身を竦ませた。
「ルスキニア、わたくしは」
「黙って」
急いた唇がリリアーナのそれに触れた。少女は軽く息を詰めたようだった。
抵抗されたらすぐに引き下がるつもりだった。
少なくとも、彼の心の裡ではそうだった。
だが、姫君は逃げなかった。

驚いたように見開かれた瞳がゆっくりと閉ざされて、ルスキニアは自分の行いが赦されたことを悟った。
こんなふうに他人から受け入れられたのは初めての経験だった。
触れ合った唇の柔らかさに何故か怒りのような感情を覚えた。
自分より以前に彼女に同じことをした人間がいなければいいと思った。肩を掴む手に力が籠った。
背後の木立に縫い付けるように押さえ込むと、少女の背が大きく撓った。
もどかしく投げ捨てた理性が地に落ちるよりも早く、ルスキニアの舌は獲物を捕らえていた。

唇と唇の狭間から、仔猫が乳を舐めるようなあえかな水音が響く。
息継ぎをするたび洩れる鼻息が、どう聞いても間抜けな音だった。
火照った頬に触れる鼻先の冷たさが妙に印象に残った。
時折くぐもった嗚咽のような声を漏らす姫君の様子を鑑みれば、余裕がないのはお互い様のようだった。
崩れた思考が混ざり合って意味をなさない形状を作る。積み上げては崩して壊すことを繰り返した。
いつの間にか草むらの中に倒れ込んでいることにすら気付かなかなかった。
後はただ、溺れる人のように互いの身体にしがみついた。
直に触れた肌は不安を覚えるほど柔らかかった。
強くすれば壊れてしまうのではないかと思った。
指先で慎重に形を辿れば、楽器を奏でるように高い声が洩れた。
うぶな反応とは対照的に、彼女の身体はすでに女として完成されていた。
堅く閉じられた蕾を抉じ開けると目も眩むような芳香がした。
草いきれの中に横たわるリリアーナは一つの大きな花のようだった。
隠された彼女の秘密を暴いていくのは、幾重にも折り畳まれた厚い花弁を一枚ずつ捲っていくのに似ていた。
開き切った蕾の奥には鍵を待ちわびる扉があった。
許可を求めて目を合わせると少女は恥じ入るように瞼を伏せた。ルスキニアはそれを了承ととった。
ここまで見た
  • 966
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:39:39.64
性急に押し付けた熱が触れたぬかるみに沈むと目の前で星が散った。
押し開いた先には温かな闇が待っていた。
手つかずの海に沈んだルスキニアは悦びに打ち震えた。
この場所は、あの夜以来、何度も繰り返し彼の夢見て来た場所だった。
己はずっとここを目指して飛び続けて来たのだと思った。
甘美な物だろうと予測はしていた。
だが、これ程のものだとは思わなかった。これ以上があるとも思えなかった。
これこそが彼が最も望んでいたものであり、同時に最も恐れていたものだった。
心地よいと言うにはあまりにも凶暴な感覚だった。
頭の中で、何かを繋いでいた楔が引き千切れる音がした。
このまま引きずり込まれ、二度と生きては帰れないような気がした。

「ルスキニア」
彼の背に爪を立てたリリアーナが、白い喉を仰け反らせて喘いだ。
締め付ける肉が強さを増して、ルスキニアも呻いた。
数度往復するのが限界だった。
体中の血が逆流するようなその衝撃は、致命的な傷を負ったときの症状によく似ていた。
手負いの獣が生命の残り火を燃すように、ルスキニアはリリアーナの中で蠢動した。
抱きしめた身体が同調するように痙攣した。
リリアーナと自分が、何か大きな一つの生き物になったような気がした。
恐ろしいほどに幸福だった。
同時に、限りない絶望を感じてもいた。
一度離れれば、再び同じようには交われないことだけが解っていたからだった。



「ルスキニア、重い」
耳元に流し込まれた呻き声で我に返ったルスキニアは、目の前の惨状を見て青ざめた。
組み敷かれ、仰臥した姫君は泥と草にまみれていた。
美しく結い上げられていた髪は解け、ほつれた毛束が頬を彩っている。
開いたままの脚の奥では、純潔の証が白いドレスの裾を汚していた。
「俺は…なんてことを……」
「ルスキニア」
顔を覆って呻き声を上げたルスキニアを、緩慢な動作で身を起こしたリリアーナが抱きしめた。
「わたくしは、後悔していないわ。お願いです。あなたもそうだとおっしゃって」
耳朶を打ったその言葉にルスキニアは息を呑んだ。

「リリアーナ」
顔を覆っていた手を離し、震える手で彼女を抱きしめた。
温かかった。
細い身体は彼の腕の中で確かに息づいている。
「リリアーナ、俺は」
咄嗟に口をついた言葉は少女の細い指に阻まれて押し籠められた。
「今宵のことは、誰にも言いません。だから、きっと大丈夫」
リリアーナはそういって微笑んでみせた。
「あなたが失うものなど何もないのよ。これは、どこまでもわたくしの我が儘なのですから」
噛み締めるようなその言葉にルスキニアは呆然とした。
姫君は、いまこの時を一夜の過ちにしようとしている。
自分が、もう彼女なしには三日と生きていられないだろうと確信しているその横で。
ここまで見た
  • 967
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:40:14.72
「逃げましょう」
無意識のうちに口から零れ落ちた言葉に誰よりも驚いたのはルスキニア自身だった。
そんなことができるとは考えたこともなかった。
しかし、いまはそれ以外に術などないと思った。
誰にも知られずここを抜け出し、邪魔するものなど何一つない世界で彼女を思う存分愛することができたなら。
だが、姫君は容易く頷かなかった。
「無理です。わたくしは、トゥランを捨てることなどできないわ」
ここまで見た
  • 968
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:40:48.80
吐き出されたリリアーナの言葉は重かった。
国を統べる者がどのような立場に置かれているのか、護衛とはいえアウグスタの側近くに控えるルスキニアは充分想像がついた。
ましてや、リリアーナは生まれた時から国母となるべく育てられてきたのだ。
国を捨て、私情に走ることなど、彼女には考えも及ばぬことに違いない。
それでも、ルスキニアに迷いはなかった。
ここまで見た
  • 969
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:42:04.77
いっそ狂的とさえ言えるその言葉が、どのように姫君に届いたのかはわからなかった。
小さな唇から息が一つ洩れた。
リリアーナの手が伸びて肩を掴むルスキニアの指に触れた。絡み取るように視線が合った。
見下ろした青い瞳の中に、もう迷いはなかった。
「離して下さい」
「嫌だ」
「勘違いをしないで。あなたが罪に落ちるのならば、わたくしも共に参ります」
ルスキニアの見ている前で、リリアーナは躊躇う事なく白いドレスの裾を引き裂いた。
脚に絡まる長い裾は、道行きには不向きだったのだ。
身軽になった姫君がルスキニアの手を取って彼を見上げた。
「行きましょう、ルスキニア。わたくしたちの未来のために、退路を用意して」
ここまで見た
  • 970
  •  
  • 2016/01/18(月) 07:47:59.97
ディーアルきたーーーーーー
ここまで見た
  • 971
  •  
  • 2016/01/19(火) 06:49:44.75
夜陰に紛れて駆け出した彼らの耳に、会場から姿を消して久しい主君を探す従僕たちがリリアーナを呼ばう声が聞こえた。
トゥラン側からの要請があったのだろう。アデスの兵も混じっているようだった。
「ルスキニア」
ここまで見た
  • 972
  •  
  • 2016/01/19(火) 06:50:21.85
夜陰に紛れて駆け出した彼らの耳に、会場から姿を消して久しい主君を探す従僕たちがリリアーナを呼ばう声が聞こえた。
トゥラン側からの要請があったのだろう。アデスの兵も混じっているようだった。
「ルスキニア」
不安げに見上げたリリアーナに、ルスキニアは声を出さず頷いた。
遠く木々の向こうで、幾多の篝火が揺れているのが見えた。
「こちらへ」
ここまで見た
  • 973
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:11:18.82
「ミリア、よく聞いて。わたくしたちはいまからこの島を出ます」
「お姉さま、何をおっしゃって…」
「わたくしたちが結ばれるにはこうするしかなかったのです」
真剣な面持ちでそう言う姉の姿を見て、ミリアの中で符合するものがあった。
沈みがちな面差し、物憂げな瞳。
結婚を間近に控えた姉の様子がおかしいことには気付いていた。
彼女はそれを、花嫁特有の気鬱だと思っていた。
だが、それが勘違いだったのだとしたら。
この状況で、リリアーナが目の前の男のことをどう思っているのかわからないほど、ミリアは鈍感ではなかった。
ここまで見た
  • 974
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:12:00.67


離陸したヴァンシップは危うげなく島の外を目指した。
許可なく城壁を越えようとする怪しげな機体はすぐに警護の兵たちの知る所となった。
「止まれ!どこの国の機体だ?夜間の発着は許可されていないぞ!」
誰何の声を振り切って速度を上げた不審機に砲撃を許可する声が飛んだ。
「アデス連邦の威信を汚す不届者め!構わん、撃ち落とせ!」
夜の静寂は俄に騒がしくなった。
リリアーナの失踪から徐々に膨れ上がっていた不穏さが音を立てて弾けたようだった。
「撃ぇ!」
号令を合図に、夜を切り裂いて光線が走る。

舌打ちしたルスキニアは警備の手薄な箇所を思い描きながら高度を下げた。
「リリアーナ、頭を伏せていろ」
後部座席に座ったリリアーナが首を伸ばして辺りを伺おうとしているのを見て、ルスキニアは叱責した。
そんな下手を踏むつもりはないが、流れ弾に当たらないとも限らない。
ここまで見た
  • 975
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:12:34.84
不穏な気配を嗅ぎ取ったアラウダはサーラの寝所を抜け出して島の東にある物見台へと向かった。
警備計画に不備はないつもりだったが、現に何者かがこの島の安全を脅かしているようだ。
次善策を講じるのが彼の仕事だった。
相棒が隣にいないことにやや不安を覚えたが、彼はいま逢瀬の最中だ。
無粋な呼び出しはしたくなかった。
辿り着くまでの間、自然と耳に入ってきた断続的な情報から、騒ぎの源が不審なヴァンシップであることを知った。
許可無く島内を飛行している不審機は、アウグスタを含む要人達の集う館とは逆方向に進んでいるらしい。
おそらく、すでに目的を果たし、脱出する心づもりなのだろうと判断出来た。
物見台へと向かう城壁は薄く、僅かに人ひとりが通れる歩廊が設けられているだけだ。
人員の配置が難しく、警備が手薄になっているのは否めなかった。
侵入者が何者であるのかは不明だが、グランレースの期間中に事を起こすとなれば、地の利を得る程度の下準備は整えているはずだ。
問題の機体は、間違いなくこの経路を辿るに違いない。
ここまで見た
  • 976
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:13:39.52
投下は以上です。読んでいただきありがとうございました
途中で無駄にレスを使ってしまいすみません

次回はまた間が空くかと思いますが、最後まで投下させて頂ければ幸いです
ここまで見た
  • 977
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:14:16.78
続き来てたー!!!投下乙です!
GJGJ!!今回も楽しませてもらいました
続きものんびり待ってます
ここまで見た
  • 978
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:15:06.94
続き投下おつ
いいねえ駆け落ちは
ここでカルタッファルかー
次にどこへ転がっていくのかとても楽しみにしてます
ここまで見た
  • 979
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:15:46.76
こんな早く続き来るとは思わってなかったから嬉しいw
ミリア繋がりでカルタッファルへは上手い流れですね
続き気になる、次回楽しみにのんびり待ってます
ここまで見た
  • 980
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:16:23.92
高らかに響く鳥の囀りによって、リリアーナは目を覚ました。
ひんやりとした初秋の空気を震わせる澄んだ波長が、早朝の空を高く低く渡っていく。
その声の調子で天気を読み取る術を、いつの間にかリリアーナは身につけていた。
今日の天気は快晴のようだ。
大きく伸びをしたリリアーナは、隣で蹲る毛布の塊に目を遣った。
胎児のように身体を丸めて眠る男の口元から、小さな寝息が洩れていた。
伸ばされた腕はしっかりとリリアーナの腰に回されている。
少し伸びた白い髪が、寝乱れて頬に影を作っていた。
ほつれた毛束を優しく除けながら、リリアーナは微笑んだ。
毎朝、目を覚ますたびに、傍らでよく馴れた獣のようにルスキニアが横たわっているのを見るのは不思議な気分だった。
ここまで見た
  • 981
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:16:53.94
滑らかな肌を撫でると無骨な革製の眼帯が指先に違和感を与えた。
あの逃避行の折、警備隊の銃撃によってルスキニアは左目に負傷を受けた。
治療の甲斐なく彼の視力は失われてしまった。
端正な顔のにあっては異様な印象を与えるその眼帯は、彼らの罪の象徴だった。
ふいに、なめした革をなぞるリリアーナの手に他人の指が触れた。
見下ろすと薄い色の右目と視線が合った。
「リリアーナ」
僅かに目を見張ったリリアーナは彼の名を呼んだ。
「ルスキニア。起きていらしたの?」
「いま起きた」
寝返りを打って仰向けになったルスキニアは手の甲で目元を覆って低く呻いた。
すぐに身を起こそうとはしない彼を見てリリアーナは子供のようだと思った。
寝汚いところがあるのは、共に暮らすようになって初めて知った彼の意外な一面だった。
ここまで見た
  • 982
  •  
  • 2016/01/19(火) 07:17:47.63
リリアーナは寝台に手をついてルスキニアの顔を覗き込んだ。
明るい色の髪が髪が流れ落ちてシーツの上に蟠った。
薄い紗のカーテン越しの柔らかな光を透かしたリリアーナの髪が、滝のように彼らを囲い込んだ。
黄金色の牢獄に捕らえられた男が、寝惚け眼のままリリアーナを見上げて何か言いかけた。
彼女はかがみ込んでその唇から言葉を奪った。
顔を離し、徐々に覚醒した様子の彼を見下ろして微笑んだ。
「おはようございます、ルスキニア」
ルスキニアは、彼をよく知る人でなければそれが微笑みだとはわからないほど僅かに頬を緩めた。
薄い唇の端から息を吐いた。
「おはよう、リリアーナ」
ここまで見た

★お気に入り追加

このページを共有する
facebook twitter hatena line google mixi email
おすすめワード