■三原市総合スレ Part81■ [machi](★0)
-
- 816
- 2018/02/13(火) 23:54:08
-
>>810
明治以降、日本各地に地元資本で銀行が創業された。
三原市創業の銀行が合併する際、岡山県の中国合同銀行(大原家創業)を中心とした銀行と合併。
隣の尾道は地元創業の銀行が→芸備銀行→広島銀行の順に合併したので、
尾道市の幹事銀行は広銀、三原市の幹事銀行は中銀となった。
-
- 817
- 2018/02/14(水) 00:19:03
-
もっと詳しく言えば、大正9年に三原の西備銀行が破産した時、
岡山県の玉島銀行三原支店が三原の金庫受託業務を含め金融業務一切を引き継いだ。
その玉島銀行が大正12年に岡山の第一合同銀行と合併。
さらに中国合同銀行と大同合併して今の中国銀行に発展していった。
自分も三原市の幹事銀行がなぜ中銀なのが不思議だったので調べてみると、
こう言う歴史がわかったのです。
このページを共有する
おすすめワード