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  • 2016/12/04(日) 22:31:06
>>553
鍋桟橋に向かう県道の山側に、突然小さなうどん屋が出来たのは1970年代の半ば頃だったような気がする。
今はデイケアが建ってるあたりに東和交通タクシーの営業所が出来たのと同時くらい?名前も「とうわ」だったかも。
営業をやめて放置されてた期間のほうが長かったね。

右折して鍋山団地へ上る道の入り口に、呉量配の食料品LPガス米などを扱う雑貨屋があって、それは
戦前戦後の配給所の名残かどうかは知らないけど、地元民は配給所と呼んでいた。
うどん屋はその配給所の斜向いにあった。

「殉国之塔」は日新の敷地にあったせいか、地元でもその存在を殆ど知られていなかったと思う。
昔は鍋山第一公園と県営住宅の間を下りていくと阿賀海岸通に通じていたけど、
あのへん一帯は宅地用に造成されていたものの人家はなくて何だか妙な雰囲気だった。
空襲で亡くなった人の臨時火葬場が近くにあったせいかもしれない。

ここまで見た

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