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  • 2014/07/05(土) 05:39:51
1871年から1918年まで存続したドイツ帝国について語ろう
 イイ!(・∀・)+0-0(・A・)イクナイ!
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  • 2014/07/11(金) 21:27:08
うむ。ワイマール共和制崩壊を論じるのはスレチだろうけど、敢えて、言及すると、当時のイギリスの対独融和政策は、大陸に於けるフランス一強を牽制する意味があった。

時系列を本スレの対象、第一次大戦以前に戻すと、ドイツとしては、もっと、英仏間の潜在的ライバル関係に着目する必要があったと言えるかも知れん。

ただ、当時のフランスには、四十年前、パリのベルサイユ宮殿の鏡の間で、ドイツ帝国成立宣言をされた屈辱と怨念が未だ、燻っていて、ドイツに楽な外交ゲームをさせなかっただろうと思われる。
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  • 2014/07/11(金) 21:39:08
日英同盟を締結する前、イギリスは「栄光ある孤立」を破ってドイツと手を組もうとした一時期があったんだよね
当然、対露・対仏同盟

露仏同盟に挟まれているドイツにとっても、フランスを逆包囲できるこの同盟は魅力的だったのだが、
同盟を締結すれば確実にロシアと対立する事になるので、
それを嫌がって結局無かったことに……

当時のドイツとしては、統一してからまだそんなにも経ってないのだから、戦争よりは内政だと思ってお断りしたのだろう
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  • 2014/07/11(金) 22:00:27
フランスとロシアか。そりゃ、おそロシアそのもんだわ。

惜しいチャンスだったんだね。

第一次大戦の米軍だが、ドイツにすれば、お前、呼ばれてないだろ、って感じだったろうね。ま、参戦の口実を与えたのはドイツ自身なんだが。
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  • 2014/07/11(金) 22:39:12
イギリスから同盟の持ちかけなんか来たら
ヒトラーだったら泣いて大喜びしただろうね

ヒトラーの『我が闘争』に書いてある外交論は、
【時代が第一次大戦前だったら】正しいと言えるものだった。
何も無茶苦茶に気の狂った内容が書いてあったわけじゃない。

問題は、イギリスが【第一次大戦前のイギリス】ではなくなってしまっていた事をヒトラーが最後まで気づけなかったこと。
逆に言えば、イギリスがかつての【第一次大戦前の賢明さ】を喪失してしまっていたこと、
これこそが第二次大戦の原因だった。

もしもディズレーリが、第二次大戦前のイギリスの首相だったなら、ナチスドイツを巧みに御しながら、それでも第二次大戦を引き起こさないという巧みな芸当ができていたはずだった。

決してドイツの目をイギリスや西部戦線に向かわせず、ロシア(と言うよりアカの国、ソ連)と噛み合わせることができただろうね
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  • 2014/07/17(木) 21:04:53
森鴎外の「舞姫」で主人公、太田豊太郎が留学したのは、このホーエンツォレルン帝政時代のベルリンだ。主人公のモデルは作者、鴎外自身。

ドイツ帝国の成立は1871年。明治4年。終焉は1918年。大正7年。第一次大戦勃発は1914年。大正3年。

すなわち、帝政ドイツの歴史は、日本の明治時代とほぼ、年代的に重なるんだよね。
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  • 2014/08/01(金) 11:03:11
今年は第一次世界大戦から100周年
ドイツ帝国の終わりの始まりからも百年か
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  • 2014/08/01(金) 14:48:11
キリスト教の事は全く、分からんが、新教とカソリックの対立は、凄まじい軋轢を生んだ、と言う認識はある。

だが、今日、ルーテル教会とカソリックは最早、修復不可能と言う関係ではないように思われる。例えば、第一次大戦の独墺両帝国はそれぞれ、ルーテル派とカソリックの国柄だった。

私は、ナチスの幹部の南米への逃亡に関し、バチカンが関与している、との記事を読んだ事がある。これを見てもルーテル派(勿論、ルーテル派教会がナチスを肯定しているなどと主張するつもりはない)とローマ法王庁はともに、もっと、別の共通の敵を認識していたのではないだろうか?
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  • 2014/08/01(金) 15:06:22
もし、ルーテル派教会とカソリックが既に、修復されているのであれば、ポーランド、オーストリー、ドイツの三カ国はEUの中のEUを形成出来る。

ここにロシア正教会とカソリックの関係の歴史的修復が重なると言う未来の仮定項を加えれば、宗教界の関係性の変化は、やがて、世俗的地上権力にもトレースされるであろうから、ここに、地勢学の予見する東欧の重心部分にランドパワーの核心領域、゛ハートランド゛が生まれる可能性が現実味を帯びて来るのである。

独露同盟である。この手を携えるべき両者にとって、ゲルマン民族主義、スラブ民族主義は百害有って、一利無し、第一次大戦、第二次大戦でそれは骨身に滲みているはずだ。
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  • 2014/08/01(金) 15:20:06
日本のマクロ外交はユーラシアにランドパワーの不可侵領域、ハートランドが形成されるように超極秘、水面下で、周旋、メッセンジャーの役割を引き受け、独露融合を現実化させる事を柱とするべきであろう。

勿論、日本はシーパワーである。しかし、現実は別のシーパワー、アングロサクソンの風下に立っている。仮に、米合衆国のマクロ国策が東半球の混沌の維持=ユーラシアに於けるハートランドを包有する一大軍事勢力の台頭を叩く、にあるとすれば、敵の敵は何とやら。アングロサクソンの忌み嫌う独露同盟こそ、日本の国益であろうと思われる。
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  • 2014/08/01(金) 15:30:22
ちな、゛ハートランド゛とは、シーパワーの揚陸軍が速攻的進撃を開始したシチュエーションに於ける攻勢終末点のさらに奥地に想定されるシーパワー揚陸軍の物理的に到達不可能な領域、と認識している。

地勢学では、白ロシア付近に想定されているようだ。独露墺波の四カ国の関係性には人類の未来がかかっているように思われる。
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  • 2014/08/01(金) 15:49:45
例えば、第一次大戦のおり、日英同盟に基づき、我が帝国は英仏協商の側に立った。これは当然であるし、他に選択肢は考えられなかった。だが、独露両国と言うランドパワーの同士討ちとなった第一次大戦の結果は、シーパワーに英米の主導権交替と言う再編成の余裕を与え、新たにシーパワーの第一任者となった米国による干渉、圧迫が実現化したのである。

ランドパワーの空洞化が、シーパワー内に於ける相対的比較弱小勢力である我が国の外交を窮地に陥れた、とも申せるだろう。
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  • 2014/08/02(土) 23:59:30
>>35
『別の共通の敵』って、ソビエト=ボルシェヴィズムじゃないの?
こいつらは無神論者だし反キリストだし「宗教は阿片」とか放言していたわけじゃん

逆に言えば、唯物主義のマルキシズムが、キリスト教の分裂を繋ぎ止めたという皮肉な結末
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  • 2014/08/03(日) 17:50:25
ドイツも゛封印列車゛(ググってね)とか、やる事がえげつなくね?

>>40

確かに、共産主義はキリスト教の敵。

ナチスも「国家社会主義党」と言う屋号でなく、「反共十字軍」とでも名乗ればよかったのに。
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  • 2014/08/04(月) 19:43:29
右翼方面には国家主義・民族主義要素をアピールし、
左翼方面には社会主義要素をアピールできる

最適の党名じゃないのかな
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  • 2014/08/05(火) 21:29:54
ナチス・ドイツが国民から熱狂的に支持された原因は、失業者600万人、どん底の経済状態だったドイツ経済を見る間に回復させ、わずか4年ほどで、完全雇用を達成しただけでなく、ドイツをアメリカにつぐ世界第二位の経済大国にしたことだろう。
「ヒットラーの経済奇跡」こそは、国民の支持の根本的な原因である。
実際、当時のことを語った話では、「ヒットラーが政権に付いてから、みるみる生活が良くなった」と言う話はよく聞く。
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  • 2014/08/06(水) 01:06:07
なんかすごいなお前ら
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  • 2014/10/14(火) 11:03:15
ヨーロッパでは第一次大戦の事について書いてある本が何冊も出てるのに
日本ではその1割も出てこないのな

第一次大戦の勃発こそ、最も教訓に満ち満ちたものは無いというのに
あの玉突き事故のような各国の参戦は、決して各国の指導者が望んだものではなかった
オーストリアがセルビアに宣戦した時点では、オーストリアは何も
「世界大戦の火蓋を切ってやろう」
などという大それた目論見を持っていたわけではない

セルビアを救うために動員令を発令したロシアのニコライ二世だって「世界大戦だ!」と思っていたわけではない
そもそもドイツのウィルヘルム二世とは個人的には「友人」であり、親しく文通する間柄だったのだ。
ドイツのウィルヘルム二世ですら、
「これでは世界大戦になるな」
と理解していたわけではない

当事者が意図しない所でとんとん拍子に世界大戦になってしまうという悲劇。
第一次大戦に「陰謀論」が未だにささやかれるのもそこが理由であろう
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  • 名無しさん
  • 2014/10/27(月) 07:52:39
第一次の前夜は一気に敵国を叩き潰せるように動員体制が
凄いことになってて一度発動したら解除がすごく難しい
状態でそれが原因で敵国が動員した!→じゃあ俺もって
どんどん参戦していったらしいな
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  • 名無しさん
  • 2014/10/30(木) 03:37:30
WW1の時両陣営共にイタリーにラブコール送ってるけど、
なんでそんなに期待してたんだ
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  • 2014/10/30(木) 11:04:06
第二戦線を構築できるから。
二正面作戦はキツいってのは、ドイツが第一次でも第二次大戦でも証明したでしょ。
それに仮にも伊土戦争には勝ってるのだから多少の戦力にはなるという判断もあった。

大体、第一次大戦の頃のイタリアは頑張った方じゃん。
イゾンゾ河渡河戦は11回か何か挑戦しているし、
アルプス山脈の一つの山々を占領するのに膨大な戦死者を出したんだけど。
グラッパ山の攻防戦なんて戦史に残る山岳戦でしょ。
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  • 2014/10/30(木) 11:08:48
ちなみにグラッパ山の攻防戦には、後年独裁者になったムッソリーニも小隊長(兵長)かそこらで参加していた。
ヒトラーと言えば「伍長」で有名だが、ムッソリーニは一つ上の「兵長」に昇進していたらしい。
けれど、将来権力を握った時には、「名誉伍長」の制服を作らせて愛着したし、ヒトラーに対しては、
『私も同じ伍長だったからあなたの気持ちはよく解る』
と語ったこともあったのだとか。
兵長時代よりも伍長時代の方が思い出深かったんだろう。

確か、ドイツの英雄のロンメルも敵側としてグラッパ山攻防戦には参加していたはずじゃなかったかな?
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  • 名無しさん
  • 2014/10/30(木) 12:37:02
イタリアがリビア手に入れようとしたのは、南部の貧民を
入植させたかったとか聞いた。
砂漠ってこと知らなかったのか?
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  • 2014/10/30(木) 15:00:53
トリポリとかの辺りは農耕地だぞ
少なくともあの時代では

そもそもイタリアはチュニジアが欲しかったんだよ
チュニジアと言えばアフリカでは穀倉地帯だし、ローマ帝国の昔からカルタゴとか言ってローマ人の植民地同然だったしな
そこをフランスに取られたから、フランスにリビアの支配権を認めさせた上でオスマン帝国と戦争したの
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  • 2014/10/30(木) 15:05:46
それに、もしイタリアに石油採掘技術があったなら、リビアからふんだんに石油が採れたんだけどな……
結局採掘できなかったけど。

それは日本にとっての満州国も同じ。
中国が満州で大慶油田を発掘したニュースを聞いた時、満州国で活躍していた岸信介とか、
同じく満州国で働いていたウチの爺さんなんかはショックで口も利けなかったそうだ。
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  • 名無しさん
  • 2014/10/31(金) 01:21:17
死んでいった人間のこと考えたらやりきれないよな・・・
石油が原因で戦争になったようなもんだし
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  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/11/02(日) 02:05:44
質問だけど、戦争が無かったらドイツ第二帝国は長続きしたか?
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  • 2014/11/02(日) 06:25:27
長続きしたんじゃないの
内政は超一流だったし
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ウィリーの能力的にはどうよ?
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  • 2014/11/02(日) 14:02:47
誤解されてるけど、ウィルヘルム二世はそこまで「無理押し」する人じゃないよ。
二度のモロッコ事件で両方とも撤退してるのが良い証拠。
第一次大戦だって、オーストリアの強要とロシアの動員令がドイツ参戦の原因になったわけで、ウィルヘルムが望んだことではない。

ウィルヘルム二世の望みは、強気姿勢とそれを可能にする強力な軍隊によって
「ドイツの言い分を通す」
「ドイツの国益を貫徹する」
というやり方だったんじゃないの?
だから、戦争になったとしたらそれはもうウィルヘルムにとっては計算違い。
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  • 2014/11/02(日) 14:09:10
ウィルヘルム二世は、ドイツに参戦を決心せしめたロシアの動員令を聞いた時こう叫んだという逸話がある。

「おお神よ!あなたは40年間戦争から逃れてきた人々に地獄の苦しみを与えると言うのか!」

ドイツが普仏戦争以来40年間戦争に関わってこなかったことは歴史上の事実。
そもそもビスマルクの頃のプロイセン王国時代から数えても、ドイツ=プロイセンは3回しか戦争をしていない。

これで果たして近代戦争を戦えるのかという疑問は、当然ウィルヘルムにもあった。
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  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/11/02(日) 23:14:18
まだ太平洋戦争前夜の日本よりまともだったんだなウィリー
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  • 2014/11/03(月) 15:03:15
ドイツは一度、『30年戦争』で国中が大崩壊した過去を持っている。
30年戦争で人口が0となった村も多数。
人口が3分の1になった地域すらもあった。
重ねてペストの流行もあったわけで、乏しかった人口がますます死に絶えた。

だから、ドイツ人ほど「戦争」という物を忌み嫌う人種は居ないと言っても過言ではない。
ドイツを代表する哲学者のイマニュエル=カントが『永久平和論』を著したのもそういう経緯があることを考慮しなければならない。
ドイツにはそういう歴史的経緯がある。

「強気に出る」のと「戦争をする」のでは全然意味は違うのであって、
今の日本みたいにアメリカにほんの少しも強気に出られない弱小属国ならばともかく、
「外交上のブラフ」として、ウィルヘルムの「強気姿勢」は一つの選択としてはアリだろう。
ただし、実際に「戦争になる」のでは、その強気姿勢は「失敗だった」と総括されてしまうわけだが。

外交というのは難しいものであって、今、中国が平然と小笠原諸島で珊瑚礁を根こそぎ分捕ってるのを見れば解る通り、
「弱気」で「下手」に出ていれば良いものでもない。

むしろ強気に出た時の方が「意外と成功する」というパターンの方が世界史には多い。
実際、日本から見れば小笠原諸島での傍若無人な振る舞いは日本から見れば『日本外交の失敗』だが、
中国から見れば『偉大で強気な中国外交の大勝利』であろう。

ドイツ人ではなく「オーストリア人」だったヒトラーだって強気、強気で押せ押せだったら、
「意外と」オーストリアもチェコも併合できてしまったわけだ。
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  • 2014/11/03(月) 15:21:43
ちなみに、ヒトラーは「ドイツ人」ではなく「オーストリア人」だったのは有名な話である。
最終的に大統領選挙に出馬する際にドイツ国籍に切り替えたが。

オーストリアは、同じゲルマン民族の国とは言っても「30年戦争の悲劇」を身に染みて知らなかったと言っても良い。
従ってヒトラーには、ドイツ人特有の戦争を忌避する感情が欠如していたという解釈もある。

まぁそれでも第二次大戦を始めたのはドイツ側ではなく、向こう見ずなポーランドと余計な介入をした英仏(特にイギリス)だったのだが。

まずポーランドは「民主主義国家」ではなかった。
これは声を大にして言わざるを得ない。
ピウスツキ元帥の独裁国家だったのだし、死後も独裁政治が続いており、ドイツとは元々友好的だったのだ。
チェコのズデーテン問題をこじらせた原因も、ポーランドとハンガリーの領土要求のせいでもあったのだ。

そして、ピウスツキ元帥の死後、外務大臣にヨーゼフ・ベックという軍人上がりの無能が就任してしまった。
『酒と煙草と賄賂と女とファッションにしか興味がない』と酷評されたほどの無能な男だった。
で、この無能極まるベック外務大臣は、ドイツからのありとあらゆる友好的な提案をことごとく蹴飛ばしたというわけだ。

ポーランド戦の頃はまだヒトラーは軍を完全には掌握も心服もさせておらず、ポーランド戦に反対するドイツ軍将校も数多く存在した。
だからヒトラーは下手に出ざるを得なかったのだが、ベックは何一つ提案に乗ってこなかった。
文字通り「何一つ」である。

一度ならず二度も、ヒトラーはベルヒテスガーデンまでベック外相を招いて懇談したこともあったが、
『酒と煙草と女とカネとファッションにしか興味のない外務大臣』は興味を持たなかった。

こんな外務大臣を見て、
「こんな話し合いの通じない国だったら攻撃したっていいんじゃないか」
とドイツ軍首脳たちが思い始めたというわけである。

また、ベックは外務大臣である以上、外国から抗議を受ければまず真っ先に矢面に立つべき立場にあるはずだった。
なのに責任を放棄した。
具体的には、ドイツとポーランドとの国境地帯では、ドイツ人とポーランド人の争いが盛んになっており、死者や重軽傷者まで出ていたのだ。
なのにベックはドイツから抗議を受けても、それに対して何の弁明もしなかったし、閣議で対策を取ろうと行動したことも無かった。
ドイツ人とポーランド人が衝突するに任せたのである。

ドイツ軍がポーランドに侵攻した理由は、
『ポーランド人が、ドイツ領内に存在するラジオ局を占拠して反ドイツ放送を行った』
などという理由であったが、
元々
「ポーランド在住のドイツ人が迫害されていた」
という【事実】があったからこそ、ドイツ人はこの言い分を信じたのである。
「ポーランド人に迫害されているドイツ人など一人もいない」と想ってれば、
いくらゲッベルスが宣伝の達人であってもドイツ人を戦争に立ち上がらせることは不可能だろう。
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  • 2014/11/06(木) 08:04:19
>“ウィルヘルム二世の望みは、強気姿勢とそれを可能にする強力な軍隊によって
「ドイツの言い分を通す」
「ドイツの国益を貫徹する」
というやり方だったんじゃないの?
だから、戦争になったとしたらそれはもうウィルヘルムにとっては計算違い。”

今の中共じゃん。
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中国共産党もヴィルヘルムも海軍兵力を整備して近隣のシーパワーを
超えようとしてる点は似てる
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  • 2014/11/06(木) 12:07:17
ウィルヘルムの時代は、アメリカもイギリスもフランスも、当然日本も揃って
「軍事力拡張!」
とか言ってた時代じゃん。

一方で今の中国はどこの国も攻撃しようとか狙ってないのに、勝手に軍拡して周りの国々に迷惑かけてるだろ
全然違うだろ
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  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/11/06(木) 12:28:57
>>64
ランドパワーが世界的なシーパワーに対抗する為に海軍力拡張
ってのは似てるんじゃない?
中共の海軍拡は日本だけでなくアメリカも超える予定だろう
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  • 66
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  • 2014/11/06(木) 13:46:07
というか、19世紀の理屈を21世紀にやっている中国が、
「同じである」と考える事自体異様に思えるんだけど
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  • 67
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/11/06(木) 15:32:35
中国は根本の思想が数千年前の蛮族にツエーしてた頃の
中華思想って時点で・・・・
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  • 2014/11/08(土) 13:51:53
まさに遅れてきた帝国主義国家
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  • 2015/02/07(土) 11:30:57


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  • 2015/02/07(土) 11:32:42


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  • 71
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  • 2015/04/03(金) 13:33:25
最後のドイツ皇帝はオランダに亡命
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  • 2015/05/11(月) 09:05:23
>>71
いや違う。
ウィルヘルム二世皇帝は、実は譲位してウィルヘルム三世皇帝陛下がいらっしゃる。

皇帝がオランダに亡命した後のこと。
戦争に負けると、どこの国も決まって「責任者探し」をやり始めるものらしい。
で、ウィルヘルム二世は、皇帝という地位も在り、またドイツ憲法で皇帝には絶大な権力が与えられていたかのように思われていたので、
「ウィルヘルムのあのヤロー!」
「あの馬鹿皇帝が戦争なんかしたせいで、今のオレ達の生活はボロボロだ!」
「ヴェルサイユ条約でドイツの誇りが奪われたのも全部皇帝のせいだ!」
ドイツ中で、ウィルヘルム二世皇帝への怨みの声が絶えることは無かった。
当然、ウィルヘルム二世自身も、自分への恨みつらみの声があることは充分すぎる程に知っていた。

しかし、そんな落ち目のウィルヘルム二世の下に、一通の手紙がドイツから届いた。
恨みつらみを書き連ねた手紙かと思いきや、
『皆は陛下を悪く言いますが、私は陛下を信じています。あまり気にやまないで下さい』
と、失意のウィルヘルム二世を励まし、慰める手紙であった。
この手紙の送り主に興味を持ったウィルヘルムは、手紙の送り主をオランダに招き、会談の場を設けた。
相手は貴族ではない一介の平民に過ぎなかったが、その顔つきやら、態度、所作に感ずる所があったウィルヘルム二世は、自分の娘と結婚しないかと提案。
婿養子という形で、その手紙の送り主は「ウィルヘルム三世」として位を譲られた。

そんな良い話がある。
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  • 2017/04/05(水) 11:17:31
良い話
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  • 2017/04/07(金) 02:46:49
>>58
なお、ウィルヘルムは、オーストリアとの同盟破棄すらちらつかせて、
「友人」ニコライ二世に動員令の解除をお願いしている。
ドイツは戦争したくなかったのだ。
オーストリアの皇太子が殺された事くらいで、なんで同盟国だからってドイツが味方しなければならんのか。
ドイツはオーストリアを支援せず、ロシアもセルビアを支援しない…
これで丸く収めようと提案している。

しかし、冷静に考えれば、腐っても大国のオーストリアと、小国セルビアがガチンコでぶつかり合ったらセルビアが負けるに決まっている。
当然ロシアはウィルヘルムの誠意を疑って動員令解除を拒絶。
結果、ロシアがオーストリアとの戦争に及べば、衰退国家のオーストリアに勝ち目が無いのでドイツも動員令を発令。
ドイツの動員を見て、アルザス・ロレーヌ地方を奪い返すチャンスだとばかりにフランスも動員開始。
世界大戦に至ったという訳だ。
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  • 2017/04/08(土) 20:50:10

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  • 2017/04/08(土) 20:50:24

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  • 2017/05/26(金) 21:02:32
>>59
日米戦争寸前の頃の日本は、開戦しなければ資源が逼迫していてどうにもならなかった状況。
ドイツとは異なる。
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  • 2017/06/27(火) 01:23:38
ドイツ自身も、「エムス電報事件」とかやってるから一概に被害者面だけは出来なかったり。

仇役とされたナポレオン3世は、戦争する意思が全く無かったのに強引に戦争に持って行かれて涙したそうな。
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