facebook twitter hatena line google mixi email
★お気に入り追加


  • 1
  •  
  • 2014/06/01(日) 18:18:26
「EU、ロシア、新大陸」のキリスト教(+ユダヤ教)文明vs「日、中(+満蒙、沿海州、ウイグル、チベット)、コリア」の仏教、道教、儒教、神道、ラマ教等の東アジア文明。

宗教、形而上学、自然科学、人文科学、文学、美術、工学あらゆる分野の総合比較だね。古代から、1990年迄の範囲。
 
ここまで見た
  • 49
  •  
  • 2014/06/12(木) 07:02:23
そのスパルタクスの乱ぐらいしか実戦経験ないからねえ
ここまで見た
  • 50
  •  
  • 2014/06/12(木) 07:49:08
そのスパルタクスの反乱すら手におえてないからな
クラッスス
鎮圧したのはポンペイウスが大半だし
ここまで見た
  • 51
  •  
  • 2014/06/12(木) 09:25:27
カルラエで突如地平線上に陽炎のような騎馬軍団が現れた。
彼らの掲げる軍旗は信じがたいほど眩く煌めき、ローマ軍を戦慄させた。
これが西方世界の人間が歴史上初めて「絹」を目にした瞬間だった。

戦後、パルティアの首脳はクラッススの首級を前にギリシア悲劇を上演させた後、
その首級でフットボールをして辱しめた。
ここまで見た
  • 52
  •  
  • 2014/06/13(金) 03:55:06
首でフットボールってアフガン人もソ連兵でやってたらしい
がそんな昔からあったのか
ここまで見た
  • 53
  •  
  • 2014/06/13(金) 05:47:52
アステカにもあったような
ここまで見た
  • 54
  •  
  • 2014/06/13(金) 05:59:26
アステカのアレは、リャマとかアルパカの皮のボールのはず
あとヨーロッパの都市のサッカーのボールは豚の膀胱の皮・・・
ここまで見た
  • 55
  •  
  • 2014/06/13(金) 08:10:49
パルティアに生首フットボールの風習があったわけではなく、
そのときだけの特別行事だろうな
ここまで見た
  • 56
  •  
  • 2014/06/13(金) 09:57:29
近代では、中国が生首サッカーをやってるな
とすると、東洋の方が劣ってるわけか
ここまで見た
  • 57
  •  
  • 2014/06/13(金) 12:21:45
近代中国のいつの誰がやったんだ?
聞いたことないから出典教えれ
ここまで見た
  • 58
  •  
  • 2014/06/13(金) 20:39:11
文革の時じゃね?
あのころの中国ならどんな世紀末エピがあっても不思議じゃない
ここまで見た
  • 59
  •  
  • 2014/06/13(金) 21:18:27
実験。チムール。from wiki

ここまで見た
  • 60
  •  
  • 2014/06/13(金) 21:33:05
ムガル朝最盛期。

この両朝、血統上、連続している。
EU諸国が小さく見える。

ここまで見た
  • 61
  •  
  • 2014/06/13(金) 21:42:40
申し訳ない。ちょっと、おーぷんならではの画像貼りの実験をさせていただいた。しかし、モンゴルの範図は巨大すぐる。ロシア人も隷属させられていたんだからね。
どの汗国が宗家かはともかくとして、だよ。

末子相続の意味も謎だ。そう言えば、イスラエルの最初の王、サウルはベニヤミン族で、ベニヤミンはヤコブの末子。
ここまで見た
  • 62
  •  
  • 2014/06/13(金) 22:09:00
モンゴル、ティムール、ムガル、実態としては擁するにテュルク族だな
西暦八世紀、安史の乱からウイグル帝国崩壊にかけての流れを機にテュルク族の大西進が始まる
セルジューク、オスマン、マムルーク、サファヴィーも
軍事力の根幹は広い意味でのテュルクなわけで、
東においても五代沙陀、それを継承した宋、契丹、いずれもテュルク系遊牧民の軍事力を活用した
テュルク族はモンゴル帝国を絶頂として千年にわたりユーラシアを支配した
ここまで見た
  • 63
  •  
  • 2014/06/13(金) 22:10:53
バトゥはジュチの次男
オゴデイはチンギスの三男
モンケはトルイの長男
テムルはクビライの長男の長男
末子相続絶対ってわけでもない
ここまで見た
  • 64
  •  
  • 2014/06/13(金) 22:12:53
ティムール帝国はティムール晩年の「影響圏」とするとさらにひとまわり巨大になるな

一方ムガルだが、こっちは逆にアフガニスタンの安定支配なんて出来てないんじゃないか
ここまで見た
  • 65
  •  
  • 2014/06/14(土) 12:14:24
当時のアフガンって群雄割拠してたんじゃないの?
たしかこの少し後にアフガン人がデリー一時制圧したりとかしてた
って聞いたぞ
ここまで見た
  • 66
  •  
  • 2014/06/14(土) 14:57:58
>>57
http://web.archive.org/web/20021016075931/www.geocities.com/lovael/Ymtcnn.htm

第二次上海事変と言うから1937年、近代も近代、20世紀の出来事ですな
ここまで見た
  • 67
  •  
  • 2014/06/14(土) 15:00:27
この生首サッカーの話は、小林よしのりの『戦争論』にも引用されている。
有名な話だから世界史板に来るような奴なら当然知ってるだろうと思ってた

ごめんよ
ここまで見た
  • 68
  •  
  • 2014/06/15(日) 10:20:58
21世紀現代から見て、どう見ても東洋の方がダメで劣ってる
なんだよ中国韓国北朝鮮って
ここまで見た
  • 69
  •  
  • 2014/06/16(月) 15:30:38
そんなこと言ったら西洋だってギリシャ、イタリアは
オワコンだし東欧ロシアは北朝鮮同様に共産化で大損害、
中東は、宗教狂い、EU崩壊寸前だぞ?
東洋には、後東南アジアとインドがあるし・・・・
ここまで見た
  • 70
  •  
  • 2014/06/16(月) 18:36:07
愛新覚羅「なあ、ロシアァ。ウラル山脈から東の資源、労働力使って、バルト沿岸のペテルブルグに集中投下させ『ヨーロッパ文化の華ひらく』つー言われても、釈然とせんわ。それって、植物で言えば『宿り木』みたいなもんだろ?」

ロマノフ「ええから、ネルチンスク条約結べや」

ダライ・ラマ「品無いなー」
ここまで見た
  • 71
  •  
  • 2014/06/16(月) 20:59:45
ネルチンスク条約は清朝優位やろ
ここまで見た
  • 72
  •  
  • 2014/06/17(火) 17:29:50
>>71

うむ。条約の中身は全く、ロシアが譲歩を余儀なくされ、清に有利なのだが、支那と欧州諸国が「対等条約締結」と言う事自体が画期的ではあるな。

イギリスなんざ、阿片戦争を起こす前では、朝貢的交易関係しか、結べなかった。
ここまで見た
  • 73
  •  
  • 2014/06/18(水) 22:14:15
とはいえ普遍主義を標榜する帝国同士の実質的に対等な条約って概念は
宋遼時代、もしくは五代十国、解釈次第では三国時代から中華世界にもあるぜ
ここまで見た
  • 74
  •  
  • 2014/06/18(水) 22:17:20
そういえば康熙帝はどういうルートか知らんけど
北方戦争とか大トルコ戦争とかについても
そこそこ状況把握していたらしいな
ここまで見た
  • 75
  •  
  • 2014/06/18(水) 23:18:41
その頃はまだイエズス会宣教師は滞在が認められてたんじゃなかったっけ
ここまで見た
  • 76
  •  
  • 2014/06/19(木) 00:31:52
ネルチンスク条約で清朝側の通訳やったのもイエズス会の宣教師だな
満州語からラテン語に通訳したらしい
ここまで見た
  • 77
  •  
  • 2014/06/19(木) 18:41:04
モンゴル「ロシア帝国つーても、もともとは我々の隷属民やさかい」
ロシア 「今の君たち、どー言う立場よ」
モンゴル「・・・(嫌味な事言いよるわ)」
中華人民「外やん、こっち戻って来るか?歓迎するで。内やんも待ってるで」
モンゴル「もっと、厭(いや)じゃ」
中華人民「(>_<)」
ここまで見た
  • 78
  •  
  • 2014/06/19(木) 19:02:10
今のモンゴル人すごいシナが嫌いらしいな
なんでも内モンゴルの連中が文革期にスパイ扱いされて
虐殺されたとか・・・
ここまで見た
  • 79
  •  
  • 2014/06/19(木) 19:37:04
>>78

中国の文革は、レコンキスタ後のイベリア半島での宗教裁判、国外追放、ドイツの三十年戦争、フランスのユグノー戦争、フランス革命、ロシア帝政期のポグロム、二十世紀ドイツのニュールンベルク法とかを、全部ひっくるめたぐらいの被害かも知れない。国共内戦も含めると中国単独で第二次大戦級の犠牲者が出ているのじゃないか?
ここまで見た
  • 80
  •  
  • 2014/06/19(木) 22:23:32
残念ながらWW2越えは難しそうだ
・・・ソ連とアメリカ、ナチスドイツがあるから
ここまで見た
  • 81
  •  
  • 2014/06/22(日) 23:23:19
死ぬも生きるも勘定が大雑把な気がするからな
ここまで見た
  • 82
  •  
  • 2014/06/23(月) 10:21:07
なんでも実況でやれ
ここまで見た
  • 83
  •  
  • 2014/06/24(火) 11:39:11
>>76
その頃は、まだ清朝は「満州語」を使っていたのか・・・
清朝末期になると、皇帝溥儀その人が
『満州語ワカリマセン』
の状態になってたからなぁ
ここまで見た
  • 84
  •  
  • 2014/06/24(火) 15:10:52
乾隆帝のころに「満州族は満州語勉強しろ!」ってお触れが出てる
ここまで見た
  • 85
  •  
  • 2014/06/26(木) 11:25:34
>>84
するとわずか2代で、満州人は満州語を忘却して中国語オンリーになっていたのか・・・
ここまで見た
  • 86
  •  
  • 2014/06/26(木) 17:18:16
二代といっても康熙年間は長いからね
すでに満州生まれで満州語ネイティブの祖父母から生まれた、
中国生まれでバイリンガルの親から生まれた、
中国生まれで漢語ネイティブの世代が大多数になっていたかと
ここまで見た
  • 87
  •  
  • 2014/06/26(木) 18:31:21
なんでバイリンガルの親は、家庭内では満州語を教えなかったの?
今みたいにテレビがあったわけでもないから、
中国語が理解できなくとも不都合は無かったでしょ?

まして、満州人と中国人の不必要な接触や混血なんかは御法度だったし
ここまで見た
  • 88
  •  
  • 2014/06/26(木) 18:31:47
中国人というよりは漢民族、漢人と言うべきか
ここまで見た
  • 89
  •  
  • 2014/06/26(木) 22:02:07
圧倒的大多数の漢民族のなかで漢民族文化に囲まれて暮らす環境で、
ごく限られた場面でしか使わない満州語を教えたり教わったりするメリットがない。

いまの日本でも地方から出てきた家庭でわざわざ地元の方言を教え込んだりはしないでしょ。
ここまで見た
  • 90
  •  
  • 2014/06/26(木) 22:03:59
あと、今みたいにテレビとかあったわけではないからこそ
言葉なんて簡単に変化するじゃん?

体系的な異言語学習メソッドとかテキストとか音声教材とかあったわけでもないし、
日常的に召使と会話したり、四書五経を勉強したりするときに使う言語に傾くのは自然の趨勢かと
ここまで見た
  • 91
  •  
  • 2014/06/26(木) 22:33:24
むしろ満州人にとって漢民族なんて奴隷とか使役の対象でしかなかったわけで、
漢民族に満州語を押しつけこそすれ、満州人が中国語を学ぶ必要性が解らないんだけど
実際、辨髪なんかは満州人が強制したでしょ
固有の言語を守れなかったのは痛いよなぁ

ちなみに、世界初の満州語辞書は日本人が作ったらしいな
江戸時代から、どういうわけか日本人は満州語研究とかやってる学者がいた
ここまで見た
  • 92
  •  
  • 2014/06/26(木) 23:37:07
世界的に征服者が被征服者に言語的に同化されることは多々あるよ(もちろん逆の例も少なくないけど)

なんといっても宮廷官僚の圧倒的多数は漢語ネイティブなわけだし、
満州語に中国を統治し、漢族の文明と対峙していくだけの語彙や表現力もあったかどうか
無理に満州語を宮廷官僚たちに学習させたり、満州語を文化的に洗練させるより
圧倒的少数の自分達が漢語を覚えるほうが簡単だったんじゃないかな

満州族にとってもともと漢語文明は憧れだっただろうしね
ここまで見た
  • 93
  •  
  • 2014/06/27(金) 22:30:50
仮に日本が汪兆銘政権を樹立しないまま支那事変に勝利していたとしたら、
いや、秀吉の唐入りが成功してたらでもいいけど、とにかく大陸支配に成功していたとしたら、
日本も漢民族文化に同化・吸収されたのかな?
ここまで見た
  • 94
  •  
  • 2014/06/28(土) 06:27:13
秀吉の時代なら、渡海して現地を統治するグループは同化せざるを得なかっただろうね
そして時とともに本国と文化的差異が大きくなり、やがて政治的にも決裂しそう

近代なら同化はしないと思う
すでに一般民衆に国家主導の学校教育が施行されて末端の兵士にまでナショナリズムが刷り込まれているから
ここまで見た
  • 95
  •  
  • 2014/06/28(土) 06:28:14
つまり秀吉の時代ならラテンアメリカを植民支配したスペイン、
近代ならインドを植民支配したイギリスみたいになるかと
ここまで見た
  • 96
  •  
  • 2014/06/28(土) 18:39:29
なるほど
ありがとう
ここまで見た
  • 97
  •  
  • 2014/08/21(木) 08:19:10
http://hosyusokuhou.jp/archives/39758305.html
「漢委奴国王」とか「親魏倭王」とかいう印綬の伝統って今でも中国には残ってるんだね
ここまで見た
  • 98
  •  
  • 2014/08/24(日) 23:06:20
いや、スペインやイギリスの植民地支配は、参考にならんだろう。
「人種の違い」がはっきりわかる場合と、ほとんどわからない場合の違いか

秀吉の時代なら、日本人は完全に同化しただろう。
近代なら、間接支配の植民地となっていたが、白人のようにあからさまな差別、区別はなかったろう。
ここまで見た

★お気に入り追加

このページを共有する
facebook twitter hatena line google mixi email
おすすめワード