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  • 2012/06/07(木) 18:22:33
どうぞ
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  • 2014/04/02(水) 12:58:57
ボダンは家父長制から国王が立法者たりうることを
導き出した。
それはいい。

神と同じことをやれば、神がやったのと同じことだ
という論理をどこから発見したのか?
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  • 2014/04/02(水) 16:29:56
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/137809/1/fbk000_025_262.pdf

国家主義と個人尊厳原理を対置した方がよいのかもしれない。
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  • 2014/04/02(水) 22:21:44
>>11

>>長谷部は、芦部・高橋説にあるような「日本ローカル」ないし「半世紀前の法学パラダイム」のままの立憲主義の理解を否定して、立憲主義の本質を互いに比較不能な価値の多元性を保障するための枠組みとする世界標準の理解を正当に論じており、かつ左翼論者にありがちなルソー的な「民主主義」や絶対平和主義への強い懐疑・否定をも明確に打ち出している点は大いに評価できる。
しかし長谷部は、何故かハートの法概念論には依拠しながらもそれと強い親和性をもつハイエクの自由主義論、そして阪本昌成の論にあるようなフランス型とアメリカ型の2つの立憲主義の枝分かれ論を完全に等閑視しており、立憲主義の論理的追求が中途半端なまま終わっている。

http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/2033.html

長谷部がこれからの憲法学をリードしていくのは間違いないと思うけど。
やっぱり理論の筋の良いのは阪本だよな。

学者別の憲法理論比較表
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/2025.html
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  • 2014/04/04(金) 17:32:35
>>34
佐藤幸治が「日本国憲法と法の支配」で指摘していること。
阪本が国民主権は法の支配の法で「横」から制約されているとする。
その「横」からという理解は卓抜なものだと思う。
しかし、その法の支配の法の解釈権者は誰かという問題が残る。
その解釈権者こそ主権者なわけで。

おそらく、ハイエクも阪本も自生的秩序が客観的になりうるという前提に
基づいて議論を進めている。
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  • 2014/04/05(土) 23:59:05
多元主義。
共通する正義、公共の福祉は小さくなる。
小さな政府。
投票率は低ければ低いほどいい。

阪本の議論は理論的に筋は通っている。

しかし、現実として、大きな政府がある以上、その権力が濫用されないため、世論で拘束されねばならない。
権力の濫用を防ぐために「一般的な」世論をつくらなければならない。

多元主義一本槍で押し通すのは机上の理論ではともかく現実では危険だろう。
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  • 2014/04/07(月) 20:01:22
個人尊厳原理について客観説をとるか合意説をとるか。

世界人権宣言では合意説。
(理由1)「奪いえない」という文言は削除され、人権の不可奪性は否定。
(理由2)孤立した人間に個人の尊厳は認めない。
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  • 2014/04/07(月) 20:12:42
客観説の問題点。

(1)何が個人の尊厳の内容か、誰にそれを認めるべきか、決定者が不明。外国による内政干渉・民意を無視した少数者支配が正当化されるおそれ。
(2)事実としての自由な意思決定能力のみが個人の尊厳の根拠になる。精神障碍者・植物人間の人権は否定される方向へいくおそれ。クジラやイルカが意思決定能力があるとしたら、彼らにも人権を認めるべきという話になる。
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  • 2014/04/07(月) 20:25:26
(1)について、世界人権宣言をつくるときに内政干渉が問題にされた。http://www.chukyo-u.ac.jp/educate/law/academic/hougaku/data/46/34_p029.pdf

(2)については、人格的自律を重視する佐藤幸治に対する奥野の批判。もちろん、佐藤幸治は佐々木から合意説を受け継いでいるので、実際に人格的自律を失われた者に対しても法律上には失われていないと擬制することが可能になるわけだが。
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  • 2014/04/08(火) 08:30:26
客観説の問題点。

(3)意思決定能力を失わせる死刑や戦争が全て不法になる。

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  • 2014/04/08(火) 09:29:24
客観説の問題点。
(1)について。
国民の大多数が反対している場合、それを抑え込むのにどうする?

自分たちの直属の軍隊?→人民主権国家?
国外勢力の軍隊?→属国?

世界人権宣言でも否定された「不可奪の人権」を語る場合、その不可奪性を誰が守るのかという問いに答えるべき。
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  • 42
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  • 2014/04/08(火) 09:42:57
すべての国民の魂の奥底にある善性「一般意思」を
代表すれば、国民主権という主権論もあるにはあるんだがね・・・
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  • 2014/04/08(火) 21:24:45
http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/5646/1/kenkyu0260200690.pdf

ヘーゲルとアリストテレス主義か・・・
興味深い
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  • 2014/04/09(水) 16:14:53
国教会の主権には教義解釈権が含まれている。
国内的正義の内容の決定権。

ロックは、公共の福祉に反したかどうかの判断権限を人民に与えた。
グレイグも法の支配の法の実質的部分は正義論であることを指摘した。

モーゼの地位にある主権者は立法権と法の解釈権を持つ。
その法には正義論も含まれている・・・というのがボダンの主権論と違うよね。
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  • 2014/04/11(金) 22:15:45
国民主権、基本的人権、平和主義、これが本当はとてつもなく恐ろしいものなんだね。
長谷三千子氏と倉山満氏の対談でわかった。
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  • 2014/04/11(金) 23:59:04
>長谷三千子氏と倉山満氏の対談

Youtubeか?
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  • 2014/04/13(日) 04:01:49
客観説の問題点。

(4)議論を許さず絶対視すれば人格的自律が失われる。

渋谷「ビューリタニズムと革命思想」
ホッブズに対する批判。
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  • 48
  • 奈落
  • 2014/04/13(日) 17:33:34
9条をノーベル賞に推薦をという、まったく火病しか思えない。
昔、学校で憲法は日本の〇〇某が作成したと教師はいっていた。
英文で、それを訳し、9条作成した本人が、自分でも説明できないと、
意味不明と答えた。
それをノーベル賞推薦という発想には驚いた。
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  • 2014/04/15(火) 15:39:15
ロック・・・人民投票or抵抗権
ルソー・・・人民集会による立法
ロベスピエール・・・直接委任
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  • 2014/04/16(水) 19:09:10
・・・ロック・・・

法の支配の「法」を解釈し、政府に不法ある場合には抵抗権行使。
不法か否かあいまいであれば、人民の過半数で決する。

・・・ルソー・・・

超人的な立法者の立法を前提に、人民が承認して権威を与える。
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  • 2014/04/16(水) 22:56:05
通じ用の解釈では、ロックの「人民」はピューリタン流なんですよね。
自然法はみんな簡単に理解(注)。

ルソーは違う。
超人的な立法者を要する。
みんなは承認によって権威を与えるのみ。
この点は、ホッブズと同じ。

(注)
「評判の法」などをみるに「知性と財産をもったひとたち」が自然法を理解するとしている。
それゆえ、ロックの思想を完全にピューリタン流と考えるのは間違いという指摘もある。
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  • 2014/04/17(木) 04:09:09
ホッブズの主権・・・立法権・法の最高解釈権
ロックの人民主権・・・事後チェックによる立法権・法の最高解釈権。監督権力
ルソーの人民主権・・・正当性の根拠
ロベスピエールの人民主権・・・直接委任による立法権・法の最高解釈権
ギゾーの理性主権・・・規範。潜在的な国民主権は正当性の根拠。成文憲法に改正権が認められていたらそれも含む。
ヘーゲルの国家主権・・・市民の欲望と官僚の普遍性を統合して具体的普遍性を生み出す国家機関としての権限。
マルクスの主権・・・被統治者を黙らせる実力。
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  • 53
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  • 2014/04/17(木) 10:32:00
分類すると、「国政の在り方の最終的に決めるもの」としての主権には大きく3つの学説がある。

憲法制定権・権限・実力。

憲法制定権をどのように行使するか。

直接立法するとする見解。ホッブズは君主主権・少人数の会議体のみ主権者として想定。
日々の法律は立法は政府に委託、公共の福祉に違反するかどうか自分たちで判断して有効・無効を決めるとする見解。制限選挙に傾きやすい。
「立法者」に制定してもらって、承認によって正当性を与えるのみとする見解。内容は理解できなくても善なる目的に向けられた同意は絶対。

直接委任を受けた議員
議会に命令委任するとする見解。治者と被治者の同一性を貫徹。
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  • 54
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  • 2014/04/17(木) 12:03:04
マルクスを読んでみないとダメかな。
憲法制定権か権限の二つの見解。

どう行使するか。
抵抗権も含む人々の事後チェック(監督権力)。
直接行使もしくは命令委任をうけた議員による行使。
承認によって正当性の根拠を与える。

いったん承認した成文憲法はそのものが命令の集積体となり、法が主権者になる。
国民は正当性の深淵であり、潜在な主権者となり、成文憲法改正権以外は行使しえない。
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  • 2014/04/17(木) 12:07:38
どう行使するか。
人々は自分たちで正義を見出して、抵抗権も含む事後チェック(監督権力)。
直接行使もしくは命令委任をうけた議員による行使。
すぐれた立法者に正義を見出してもらって、承認によって正当性の根拠を与える。
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  • 2014/04/17(木) 12:13:20

一般人の議論の余地のない客観的正義があるや否や・・・
「ある」とすれば、承認自体がただ正当性の根拠を与えるのみということになる。
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  • 2014/04/17(木) 12:33:14
どういう順番で論じたらいいのかな。
「最終的な国のあり方」を決めるのは、

1 日々の人々の監督権力。
2 承認による正当性の根拠づけ。
3 君主の権限。
4 そもそも客観的正義が存在している。
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  • 2014/04/17(木) 12:42:56
「最終的な国のあり方」を決めるのは、


1 直接ないし命令委任による立法権行使。
2 抵抗権を含めた日々の人々の監督権力。
3 承認による正当性の根拠づけ。
4 そもそも客観的正義が存在しているのだから、主権自体が不要。
5 君主の権限(民間欲望と官僚の見出す普遍的正義を止揚)
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  • 2014/04/17(木) 12:47:36
1について、
直接を日常的に行うのは物理的に無理。憲法改正権のみ。
命令委任は、法的に「そうであるべきこと」が「そうあるはずだ」と擬制され、
結果的に少数者の圧制を招く。

5について
歴史的概念。実際に正義の法を決定するのは官僚。
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  • 60
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  • 2014/04/18(金) 23:50:30
何をもって「最終的」とするか

立法権の全過程
日常的な承認による正当性の付与ないし監督権力
成文憲法の制定時の承認による正当性の付与
民間の欲望と官僚の見出す普遍性を具体的普遍に止揚する君主の権限
非常時に対処する政治的実力
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  • 2014/04/19(土) 02:18:20
立法権の全過程を主権者ないしその命令委任をうけた者が行う。
ホッブズ、ロベスピエール。
ホッブズの見解によれば、主権者は1人もしくは少人数の会議体のみ。
ロベスピエールの言うように命令委任をすれば、受任者の意思が委任者の意思と同一であると法的に擬制される。
受任者となった少数者の圧制を生む。
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  • 2014/04/19(土) 02:22:49
日常的な承認による正当性の付与ないし監督権力。
ロック、ルソー、ヘラ―。
政府の統治行為が公共の福祉に反する場合は抵抗権。
不明確であれば主権者たる人民が自ら決する。

ロックの言うような人民の過半数のみで決することが許容されるのか。
ルソーの言うように人民集会が可能なのか。
そのあたりの疑念に、ヘラ―が決着をつけた。
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  • 2014/04/21(月) 21:24:00
ライプニツツの理神論・・・
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  • 2014/04/25(金) 18:37:21
日本国憲法の前文なんて一度読んだら胸糞悪い気持になりニ度と読む気が失せる。
本文を読んでも何か大きな違和感がわいてくる。こんなんでは未来に希望なんか持てない。
これを「平和憲法」なんて言うのはごまかしだろう。
感覚的には「屈辱憲法」「自虐憲法」「属国憲法」・・・・というのが正しいような気がする。
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  • 2014/04/29(火) 04:41:55
孤立した個人も人間たりうるのか(ルソー)。
国家があって初めて人間たりうるのか(ヘーゲル)。

第3の選択肢。

国家ではなくても他者があって初めて人間たりうる(ウェーバー、ヤスパース)

目から鱗。
http://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0CCkQFjAA&url=http%3A%2F%2Feprints.lib.hokudai.ac.jp%2Fdspace%2Fbitstream%2F2115%2F25389%2F1%2F10_P153-196.pdf&ei=z65eU9rkFsyC8gXci4GgDA&usg=AFQjCNFRoq3m-8BeFPlpnhgT7rQEgcXlAA&sig2=skZuiivTfeF82avS51tNIw&bvm=bv.65397613,d.dGc
菅原「正義と価値相対主義」
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  • 66
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/04/30(水) 12:29:34
「世論で政治を拘束せよ」ヴォルテール
「世論の上に政治を成立せしめよ」ヒューム

両者の考え方はは微妙に違うとか・・・
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  • 67
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/04(日) 11:42:22
・・・ナチズムのデザイン・・・

シュミット理論
アトム型個人観
国家が政治的統一体になるために、国民に公式の場で意見表明を強制
既に政治的統一体としての国民が存在していることを前提
通常の国民主権よりも同一性の原理・政治的自由を強調する方向へ

・・・大日本帝国のデザイン・・・

ヘーゲル理論
国家を前提とする個人
個人の欲望と官僚の見出す普遍を君主が具体的普遍に止揚
君主なくして国家が統合できないことを前提(政治的統一体になれるほど国民は成熟していない)
国民主権以前(注)

注)
選挙大干渉・日清・日露戦争を通して国民が政治統一体になっていたという見方もある。
遅くとも、5.15事件で天皇が関係者の厳罰を主張したのにかかわらず、国民的減刑運動によって非常識な減刑がなされた時点。
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  • 68
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/09(金) 18:45:37
国民主権における主権の監督権力説。
これに対して「憲法制定権と憲法解釈権を相対化する」という批判もある。
しかし、現実の政治において、両者は相対的なものである。

成文憲法を超える権威を有する不文憲法が国民の間で生まれていて、
国民が成文憲法そのものに関心を失っている場合、
投票率の低下によって硬性の成文憲法の改正をきわめて少数の者の反対で
阻止することが可能になる。

しかし、それを許せば、成文憲法は現時点の国民の法(jus、社会正義)を
取り込む手段がなく、その権威は失墜の途を辿らざるをえない。
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  • 69
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/09(金) 19:04:07
ちがうな。

国民の主権によって制定する憲法は
法律(lex、制定法)としての成文憲法でなく、
法(jus、社会正義)としての不文憲法であることを
正面から認めるべき。

そして、主権の種子を有する個々の国民は日ごろから
社会一般に通用する法(jus、社会正義)としての不文憲法に
たずさわって、各種の手段(政府批判言論、公務員任免権、普通選挙権、抵抗権)を
通じて、政府を監督しなければならない。
ここまで見た
  • 70
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/10(土) 03:37:16
主権の種子を有する個々の国民が憲法にたずさわる
機会が乏しければ、人々は憲法に無関心になり、
憲法自体に関心を失う。

あまつさえ、成文憲法の礎となる法(jus)を
社会全体で構成することに関心が失われ、
社会の法秩序そのものの崩壊を招きかねない。

主権の種子を有する個々の国民が日ごろから
各種の手段(政府批判言論、公務員任免権、普通選挙権、抵抗権)を
通じて、政府を監督することで、社会一般に通用する法(jus、社会正義)
の形成に携わってそ、初めて法(jus)への人々の愛着が生まれ、
法秩序が保たれる。

国民の主権によって制定する憲法は
法律(lex、制定法)としての成文憲法でなく、
法(jus、社会正義)としての不文憲法であることを
正面から認めるべき。
ここまで見た
  • 71
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/10(土) 03:40:53
主権の種子を有する個々の国民が憲法にたずさわる
機会が乏しければ、人々は憲法に無関心になり、
憲法自体に権威を失う。

あまつさえ、成文憲法の礎となる法(jus)を
社会全体で構成することに関心が失われ、
社会の法秩序そのものの崩壊を招きかねない。

主権の種子を有する個々の国民が日ごろから
各種の手段(憲法改正権のみならず、政府批判言論、公務員任免権、普通選挙権、抵抗権)を
通じて政府を監督し、社会一般に通用する法(jus、社会正義)
の形成に携わってそ、初めて法(jus)への人々の愛着が生まれ、
法秩序が保たれる。

国民の主権によって制定する憲法は
法律(lex、制定法)としての成文憲法でなく、
法(jus、社会正義)としての不文憲法であることを
正面から認めるべき。
ここまで見た
  • 72
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/18(日) 15:44:43
宗教的寛容と政治的寛容

政治的寛容。

仲間と認めた以上、相手の人格を尊重せよ。
内輪もめしたら戦争負けるよー。
16世紀のフランスの時代からそういう考え方はある。

宗教的寛容。

~カトリック~
無知を責めるのは神の心に背く(アクィナス)
たとえ間違えた信仰でも本人の良心と違うことを強制すれば、良心に反することをしたことでその人が地獄に落ちてしまう(オッカム)

ユナニマス派。

~プロテスタント~
異端を裁くことができるのは、キリストだけだよ(終末審判論)

人民協約。


~自然宗教・理神論~
合理的なものは、すべて神の心にかなう(ライプニッツ)。

動物でも理性があれば人権を。
ここまで見た
  • 73
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/22(木) 23:05:42
三権分立。

立法は一般意思によるもの、その他は特別意志によるものと考えれば立法府が上位にくるのは当然であろう。
ただ、立法府は一般意思を体現するように求められても実際に体現するとは限らない。
チェック・アンド・バランスの必要性。
ここまで見た
  • 74
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/22(木) 23:19:54
法適用・法執行の平等。
実行不能な場合には、立法をやりなおしてもらわないといけない。
2×2=4といった神でも変えられない自然法の存在。
たとえば、主権者である政治統一体の国民自体を消滅させる法律は国民主権国家ではつくりえない。
立法府の法律(1ex)が主権者の国民の公共の法(ius)とズレている場合の修正の必要。
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  • 75
  • へんくつ者
  • 2014/05/23(金) 15:45:08
いまの憲法の前文を読んで不快にならない奴は相当の精神障害者。
まず、これが前提条件だろう。
ここまで見た
  • 76
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/23(金) 16:41:57
宗教的寛容。

~ヒュームの真の宗教~

神の考えは卑小な人間にわからないのだから、理性のあるなしに関係なく異端として差別するのはおかしい。
ここまで見た
  • 77
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/05/23(金) 16:45:04
いまの憲法は成立の手続上に問題はあるが、追認されたとされる。
しかし、どこまで追認されたのかは不明確なのである。
ここまで見た
改憲論議が無意味だなあと思うのは諸外国の憲法運用を見たとき。

安倍総理が改憲しようとしたり憲法解釈を変更しようとしたら
安倍はヒトラーだとかサヨクさんが偉く騒ぎますが実に馬鹿馬鹿しい話です。

ヒトラーだってワイマール憲法停止したし、エジプトやタイなどクーデターなどの
騒乱が起きたら憲法停止してるんです。

どんなに憲法を変更から護ろうとしても本物のヒトラーばりの政治家やクーデターがあれば
憲法なんて停止されちゃうんですよ。

どんなに9条変更に反対しようと戦争があれば憲法は停止する。
なので憲法が戦争を停止する効果が無い。効果があるなら
そもそも世界にクーデターが起こらない。

なので馬鹿馬鹿しいと。
ここまで見た
  • 79
  • へんくつ者
  • 2014/06/25(水) 12:30:55
日本国憲法を読んで感じるのは、前文は詫び証文。第一条以降全部は大日本帝国を徐々に内部崩壊させる永久毒薬みたいなもの。
日本は戦後70年でかなり崩壊した。消滅まであと一息というところ。
ここまで壊れるのに70年もかかっていることにあらためて日本民族の優秀さを感じる。
憲法論議については各条項の内容もさることながら全体構成に疑問抱かない法学科の教師および学生の感覚に驚愕する。
ここまで見た
  • 80
  • 名無しさん@おーぷん
  • 2014/06/28(土) 02:28:59
>>78
行政の法解釈が変更されたとしても、
立法がなされねば実は無意味。

統治機関における法律の最高解釈権は、
全体利益に関するものは議会。
個別利益に関するものは裁判所だと思う。
ここまで見た
司法判断によって
国民分断が招くような状況であれば、
それは司法の範囲外

政治部門が
国家の生存のために敢えて必要悪を
なしているという場合は
司法の限界の問題(本来の統治行為論)
ここまで見た

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