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  • 2014/04/30(水) 00:31:15.45
過去スレをリニューアルして復活させました。
現役に迷惑をかけないように懐かしの六花嬢をまったり語りましょう。
ここまで見た
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  • 2014/08/11(月) 22:03:17.19
は人身・心は法身・生身得忍といへる法門是なり、華厳・方等・般若の円をさとれる智者は死人の骨を生身得忍と成す、涅槃経に
身は人身なりと雖も心は仏心に同ずといへるは是なり、生身得忍の現証は純陀なり、法華を悟れる智者・死骨を供養せば生身即法身・是を即身といふ、さりぬる魂を取
り返して死骨に入れて彼の魂を変えて仏意と成す成仏是なり、即身の二字は色法成仏の二字は心法・死人の色心を変えて無始の妙境・妙智と成す是れ
則ち即身成仏なり、故に法華経に云く「所謂諸法如是相死人の身如是性同く心如是体同く色心等」云云、又云く「深く罪福の相に達して〓く十方を照したまう微
妙の浄き法身・相を具せること三十二」等云云、上の二句は生身得忍・下の二句は即身成仏・即身成仏の手本は竜女是なり・生身得忍の手本は純陀是なり。
/文永二年 四十四歳御作提婆品に云く「仏告諸比丘未来世中乃至蓮華化生」等云云、此の提婆品に二箇の諌暁あり所謂達多の弘経・釈尊の成道を明し又文殊の通
経・竜女の作仏を説く、されば此の品を長安宮に一品切り留めて二十七品を世に流布する間秦の代より梁の代に至るまで七代の間の王は二十七品の経を
講読す、其の後満
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  • 2014/08/11(月) 22:13:07.78
基地害の書き込む場所が間違っていますから貼っておきますね

40 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 19:29:52.00 ID:Ccb7+rMd0
過去スレ追い出されてオナスレに引きこもりの田村wwwww wwwww wwwww wwwww
いつもの負け犬の遠吠えwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
哀れwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww

もうここから出てくるなよwwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww wwwww
ここまで見た
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  • 2014/08/11(月) 22:14:25.63
基地害の書き込む場所が間違っていますから貼っておきますね

41 :名無しさん@入浴中:2014/08/11(月) 20:25:33.90 ID:f9Nps5Qn0
田村はどうして急に過去スレから消えたんだ?
念仏野郎に負けたこと素直に認めるのか?
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  • 2014/08/11(月) 23:01:27.59
講読す、其の後満法師と云いし人此の品法華経になき由を読み出され候いて後長安城より尋ね出し今は二十八品にて弘まらせ給
う、さて此の品に浄心信敬の人のことを云うに一には三悪道に堕せず二には十方の仏前に生ぜん三には所生の処には常に此の経を聞かん四に
は若し人天の中に生ぜば勝妙の楽を受けん五には若し仏前に在らば蓮華より化生せんとなり、然るに一切衆生は法性真如の都を迷い出でて妄想顛
倒の里に入りしより已来身口意の三業になすところ善根は少く悪業は多し、されば経文には一人一日の中に八億四千念あり念念の中に作す
皆是れ三途の業なり等云云、我等衆生三界二十五有のちまたに輪回せし事・鳥の林に移るが如く死しては生じ生じては死し車の場に
回るが如く始め終りもなく死し生ずる悪業深重の衆生なり、爰を以て心地観経に云く「有情輪回して六道に生ずること猶車輪の始終無きが如く或
は父母と為り男女と為り生生世世互いに恩有り」等云云、法華経二の巻に云く「三界は安きこと無し猶火宅の如く衆苦充満せり」云云、涅槃経二十二
に云く「菩薩摩訶薩諸の衆生を観ずるに色香味触の因縁の為の故に昔無量無数劫より以来常に苦悩を受く、一一の衆生
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  • 2014/08/11(月) 23:02:50.46
一劫の中に積る所の身の骨は王舎城の毘富羅山の如く飲む所の乳汁は四海の水の如く身より出す所の血は四海の水より多く父母・兄弟・妻子・眷属の命終に涕泣して出
す所の目涙は四大海の水より多し、地の草木を尽くして四寸の籌と為して以て父母を数うるに亦尽くすこと能わじ、無量劫より已来或は地獄・畜生・餓鬼に在つて受くる
所の行苦称計す可からず亦一切衆生の骸骨をや」云云、是くの如くいたづらに命を捨るところの骸骨は毘富羅山よりも多し恩愛あはれみの涙は四大海の水よりも多けれど
も仏法の為には一骨をもなげず、一句一偈を聴聞して一滴の涙をも・おとさぬゆへに三界の篭樊を出でずして二十五有のちまたに流転する衆生にて候なり、然る間如
何として三界を離るべきと申すに仏法修行の功力に依つて無明のやみはれて法性真如の覚を開くべく候、さては仏法は何なるをか修行して生死を離るべきぞと申すに但一乗妙法
にて有るべく候、されば慧心僧都・七箇日・加茂に参篭して出離生死は何なる教にてか候べきと祈請申され候いしに明神御託宣に云く「釈迦の説教は一乗に留まり諸仏の
成道は妙法に在り菩薩の六度は蓮華に在り二乗の得道は此の経に在り」云云、普
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  • 2014/08/11(月) 23:03:40.82
賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵なり十方三世の諸仏の眼目なり三世
の諸の如来を出生する種なり」云云、此の経より外はすべて成仏の期有るべからず候上殊更女人成仏の事は此の経より外は更にゆるさ
れず、結句爾前の経にては・をびただしく嫌はれたり、されば華厳経に云く「女人は地獄の使なり能く仏の種子を断ず外面は菩薩に似て内心は夜叉の如し」云云、銀色
女経に云く「三世の諸仏の眼は大地に堕落すとも法界の諸の女人は永く成仏の期無し」云云、或は又女人には五障三従の罪深しと申す、其
れは内典には五障を明し外典には三従を教えたり、其の三従とは少くしては父母に従ひ盛にしては夫に従ひ老いては子に従ふ一期身を心に任せず、されば栄啓期が三楽を
歌ひし中にも女人と生れざるを以て一楽とす、天台大師云く「他経には但菩薩に記して二乗に記せず但男に記して女に記せず」とて全く余経には女人の授記これなし
と釈せり、其上釈迦・多宝の二仏・塔中に並坐し給ひし時・文殊・妙法を弘めん為に海中に入り給いて・仏前に帰り参り給いしかば宝浄世界の多宝仏の御弟子・智積
菩薩は竜女成仏を難じて云く「我釈迦如来を見たてまつれば無量劫に於て
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  • 2014/08/11(月) 23:49:29.25
難行苦行し功を積み・徳を累ね・菩薩の道を求むること未だ曾つて止息し
たまわず、三千大千世界を観るに乃至芥子の如き許りも是れ菩薩の身命を捨てたもう処に非ざること有ること無し、衆生の為の故なり」等云云、所謂智積・文殊・再三
問答いたし給う間は八万の菩薩・万二千の声聞等何れも耳をすまして御聴聞計りにて一口の御助言に及ばず、然るに智慧第一の舎利弗・文殊の事をば難ずる
事なし多くの故を以て竜女を難ぜらる・所以に女人は垢穢にして是れ法器に非ずと小乗権教の意を以て難ぜられ候いしかば文殊が竜女成仏
の有無の現証は今仏前にして見え候べしと仰せられ候いしに、案にたがはず八歳の竜女蛇身をあらためずして仏前に参詣し価直三千大
千世界と説かれて候・如意宝珠を仏に奉りしに、仏悦んで是を請取り給いしかば此の時智積菩薩も舎利弗も不審を開き女人成仏の路をふみわけ候、されば女人成仏の手本是
より起つて候・委細は五の巻の経文之を読む可く候、伝教大師の秀句に云く「能化の竜女歴劫の行無く所化の衆生も歴劫の行無し能化所化倶に
歴劫無し妙法経力・即身成仏す」天台の疏に云く「智積は別教に執して疑いを為し竜女は円を明して疑いを釈
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  • 2014/08/11(月) 23:50:33.64
く身子は三蔵の権を挾んで難ず竜女は一実を以て疑いを除く」海竜王経に云く「竜女作仏し国土を光明国と号し名をば無垢証如来と号す」云云、法華已前の諸経の如きは縦い人中・天上の女人
なりといふとも成仏の思絶たるべし、然るに竜女・畜生道の衆生として戒緩の姿を改めずして即身成仏せし事は不思議なり、是を始として釈尊の姨母・摩訶波闍波
提比丘尼等・勧持品にして一切衆生喜見如来と授記を被り・羅〓羅の母・耶輸陀羅女も眷属の比丘尼と共に具足千万光相如来と成り、鬼
道の女人たる十羅刹女も成仏す、然れば尚殊に女性の御信仰あるべき御経にて候、抑此の経の一文一句を読み一字一点を書く尚出離生死・証大
菩提の因なり、然れば彼の字に結縁せし者・尚炎魔の庁より帰され六十四字を書し人は其の父を天上へ送る、何に況や阿鼻の依正は極聖の自心に処し地
獄・天宮皆是れ果地の如来なり、毘盧の身土は凡下の一念を逾ず遮那の覚体も衆生の迷妄を出でず妙文は霊山浄土に増し六万九千の露点は紫磨金の輝光を副え給うべ
し、殊に過去聖霊は御存生の時より御信心他に異なる御事なりしかば今日講経の功力に依つて仏前に生を受け仏果菩提の勝因に登り給うべ
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  • 870
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  • 2014/08/11(月) 23:51:55.52
し云云、南無妙法
蓮華経、南無妙法蓮華経。/文永二年 四十四歳御作夫れ生を受けしより死を免れざる理りは賢き御門より卑き民に至るまで人ごとに是を知るといへども実に是を大事とし
是を歎く者千万人に一人も有がたし、無常の現起するを見ては疎きをば恐れ親きをば歎くといへども先立つははかなく留るはかしこきやうに思いて昨日は彼のわざ今日は此
の事とて徒らに世間の五慾にほだされて白駒のかげ過ぎやすく羊の歩み近づく事をしらずして空しく衣食の獄につながれ徒らに名利の穴にをち三途の旧里に帰り六道のちまたに
輪回せん事心有らん人誰か歎かざらん誰か悲しまざらん。
嗚呼・老少不定は娑婆の習ひ会者定離は浮世のことはりなれば始めて驚くべきにあらねども正嘉の初め世を早うせし人のありさまを見るに或は幼き子をふりすて或は老いたる親
を留めをき、いまだ壮年の齢にて黄泉の旅に趣く心の中さこそ悲しかるらめ行くもかなしみ留るもかなしむ、彼楚王が神女に伴いし情を一片の朝の雲に残し劉氏が仙客に値し思い
を七世の後胤に慰む予か如き者底に縁つて愁いを休めん、かかる山左のいやしき心なれば身には思のなかれかしと云いけん人の古事さへ思い出で
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  • 871
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  • 2014/08/12(火) 07:07:37.73
られて末の代のわすれがたみにもとて難波のもしほ草をかきあつめ水くきのあとを形の如くしるしをくなり。
悲しいかな痛しいかな我等無始より已来無明の酒に酔て六道・四生に輪回して或時は焦熱・大焦熱の炎にむせび或時は紅蓮・大紅蓮の氷にとぢられ或時は餓鬼・飢
渇の悲みに値いて五百生の間飲食の名をも聞かず、或時は畜生・残害の苦みをうけて小さきは大きなるに・のまれ短きは長きに・まかる是を残害の苦と云う、
或時は修羅・闘諍の苦をうけ或時は人間に生れて八苦をうく生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五盛陰苦等天上に生れて五衰をうく、此くの如く三界の間を車輪
のごとく回り父子の中にも親の親たる子の子たる事をさとらず夫婦の会遇るも会遇たる事をしらず、迷へる事は羊目に等しく暗き事は狼眼に同し、我を生たる母の由来をもしらず生を
受けたる我が身も死の終りをしらず、嗚呼受け難き人界の生をうけ値い難き如来の聖教に値い奉れり一眼の亀の浮木の穴にあへるがごとし、今度若し生死のきづなをきらず三界の篭樊を出でざらん事かなしかるべし・かなしかるべし。
爰に或る智人来りて示して云く汝が歎く所実に爾なり此くの如く無常のこと
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  • 2014/08/12(火) 07:08:18.19
はりを思い知り善心を発す者は麟角よりも希なり、此のことはりを覚らずして悪心を発す者は牛毛よりも
多し、汝早く生死を離れ菩提心を発さんと思はば吾最第一の法を知れり志あらば汝が為に之を説いて聞かしめん、其の時愚人座より起つて掌を合せて云く我は日来外典を学し風月に心を
よせて・いまだ仏教と云う事を委細にしらず願くば上人我が為に是を説き給へ、其の時上人の云く汝耳を伶倫が耳に寄せ目を離朱が眼にかつて心をしづめて我が教をきけ汝が為に之を説かん夫れ
仏教は八万の聖教多けれども諸宗の父母たる事・戒律にはしかずされば天竺には世親・馬鳴等の薩〓・唐土には慧曠・道宣と云いし人・是を重んず、我が朝には人皇四十五代・聖武
天皇の御宇に鑒真和尚・此の宗と天台宗と両宗を渡して東大寺の戒壇之を立つ爾しより已来当世に至るまで崇重年旧り尊貴日に新たなり、就中極楽寺の良観上人は上一人より下万
に至るまで生身の如来と是を仰ぎ奉る彼の行儀を見るに実に以て爾なり、飯嶋の津にて六浦の関米を取つては諸国の道を作り七道に木戸をかまへて人別の銭を取つては諸河に橋を渡す慈悲は如来
に斉しく徳行は先達に越えたり、汝早く生死を離れんと思は
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  • 2014/08/12(火) 08:17:01.83
ば五戒・二百五十戒を持ち慈悲をふかくして物の命を殺さずして良観上人の如く道を作り橋を渡せ是れ第一の法なり、汝持たんや否や。
愚人弥掌を合せて云く能く能く持ち奉らんと思ふ具に我が為に是を説き給へ抑五戒・二百五十戒と云う事なり或時はは我等未だ存知せず委細に是を示し
給へ、智人云く汝は無下に愚かなり五戒・二百五十戒と云う事をば孩児も是をしる然れども汝が為に之を説かん、五戒とは一には不殺生戒・二には不偸盗戒・三には不妄語
戒・四には不邪淫戒・五には不飲酒戒是なり、二百五十戒の事は多き間之を略す、其の時に愚人・礼拝恭敬して云く我今日より深く此の法を持ち奉るべし。
爰に予が年来の知音・或所に隠居せる居士一人あり予が愁歎を訪わん為に来れるが始には往事渺茫として夢に似たる事をかたり終には行末の冥冥として弁え難き事を談ず欝
を散し思をのべて後予に問うて云く抑人の世に有る誰か後生を思はざらん、貴辺何なる仏法をか持ちて出離をねがひ又亡者の後世をも訪い給うや、予答えて云く一日或る上人来つ
て我が為に五戒・二百五十戒を授け給へり実に以て心肝にそみて貴し、我深く良観上人の如く及ばぬ身にもわろき道を作り深き河には橋
ここまで見た
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  • 2014/08/12(火) 08:17:57.06
をわたさんと思へるなり、其の時居士・示して云く汝が道心貴きに似て愚かなり、今談ずる処の法は浅ましき小乗の法なり
、されば仏は則ち八種の喩を設け文殊は又十七種の差別を宣べたり或は螢火・日光
の喩を取り或は水精・瑠璃の喩あり爰を以て三国の人師も其の破文一に非ず、次に行者の尊重の事必ず人の敬ふに依つて法の貴きにあらず・されば仏は依法不依
人と定め給へり、我伝え聞く上古の持律の聖者
の振舞は殺を言い収を言うには知浄の語有り行雲廻雪には死屍の想を作す而るに今の律僧の振舞を見るに布絹・財宝をたくはへ利銭・借請を業とす
教行既に相違せり誰か是を信受せん、次に道
を作り橋を渡す事還つて人の歎きなり、飯嶋の津にて六浦の関米を取る諸人の歎き是れ多し諸国七道の木戸・是も旅人のわづらい只此
の事に在り眼前の事なり汝見ざるや否や。
愚人色を作して云く汝が智分をもつて上人を謗し奉り其の法を誹る事謂れ無し知つて云うか愚にして云うかおそろし・おそろし、其の時居士
笑つて云く嗚呼おろかなり・おろかなり彼の宗の僻見をあらあら申すべし、抑教に
ここまで見た
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  • 2014/08/12(火) 08:45:43.32
大小有り宗に権実を分かてり鹿苑施小の昔は化城の戸ぼそに導くといへども鷲峯開顕の莚には其の得益更に之れ無し、其の時愚人茫然として居士に問うて云く文証現証実に以て然
なりさて何なる法を持つてか生死を離れ速に成仏せんや、居士示して云く我れ在俗の身なれども深く仏道を修行して幼少より多くの人師の語を聞き粗経教をも聞
き見るに・末代我等が如くなる無悪不造のためには念仏往生の教にしくはなし、されば慧心の僧都は「夫れ往生極楽の教行は濁世末代の目足なり」と云ひ法然上人は諸経の要
文を集めて一向専修の念仏を弘め給ふ中にも弥陀の本願は諸仏超過の崇重なり始め無三悪趣の願より終り得三法忍の願に至るまでいづれも悲願目出けれども第十八の願殊に
我等が為に殊勝なり、又十悪・五逆をもきらはず一念・多念をもえらばずされば上一人より下万民に至るまで此の宗をもてなし給う事他に異なり又往生の人それ幾ぞや。其の時
愚人の云く実に小を恥じて大を慕ひ浅を去て深に就は仏教の理のみに非ず世間にも是れ法なり我早く彼の宗にうつらんと思ふ委細に彼の旨を語り給へ、彼の仏の悲願の中に五逆・
十悪をも簡ばずと云へる五逆とは何等ぞや十悪とは如何、智人
ここまで見た
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  • 2014/08/12(火) 08:46:46.77
の云く五逆とは父を殺し母を殺し阿羅漢を殺し仏身の血を出し和合僧を破す是を五逆と云う
なり、十悪とは身に三・口に四・意に三なり身に三とは殺・盗・婬・口に四とは妄語・綺語・悪口・両舌・意に三とは貪・瞋・癡是を十悪と云うなり、愚人云く我今解しぬ今日よりは
他力往生に憑を懸くべきなり、爰に愚人又云く以ての外盛に・いみじき密宗の行人あり是も予が歎きを訪わんが為に来臨して始には狂言綺語のことはりを示し終には顕密二宗の法門
を談じて予に問うて云く抑汝は何なる仏法をか修行し何なる経論をか読誦し奉るや、予答えて云く我一日或る居士の教に依つて浄土の三部経を読み奉り西方極楽の
教主に憑を深く懸くるなり、行者の云く仏教に二種有り一には顕教・二には密教なり顕教の極理は密教の初門にも及ばずと云云、汝が執心の法を聞けば釈迦の顕教なり我
が所持の法は大日覚王の秘法なり、実に三界の火宅を恐れ寂光の宝台を願はば須く顕教を捨てて密教につくべし。
愚人驚いて云く我いまだ顕密二道と云う事を聞かず何なるを顕教と云ひ何なるを密教と云へるや、行者の云く予は是れ頑愚にして敢て賢を存ぜず然りと雖も今一二の文を挙げて
汝が矇昧を挑げん
ここまで見た
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  • 2014/08/12(火) 09:08:13.47
、顕教とは舎利弗等の請に依つて応身如来の説き給う諸教なり密教とは自受法楽の為に法身大日如来の金剛薩〓を所化として説き給う処の大日経等の三部なり、愚人の云く実に以て然なり先非をひるがへして賢き教に付き奉らんと思うなり。
又爰に萍のごとく諸州を回り蓬のごとく県県に転ずる非人のそれとも知らず来り門の柱に寄り立ちて含笑語る事なし、あやしみを・なして是を問うに始めには云う事なし後に強て問を立つる時・彼が云く月蒼蒼として風忙忙たりと、形質常に異に言語又通ぜず
其の至極を尋れば当世の禅法是なり、予彼の人の有様を見・其の言語を聞きて仏道の良因を問う時、非人の云く修多羅の教は月をさす指・教網は是れ言語にとどこほる妄事なり我が心の本分におちつかん
と出立法は其の名を禅と云うなり、愚人云く願くは我聞んと思ふ、非人の云く実に其の志深くば壁に向い坐禅して本心の月を澄ましめよ爰を以て西天には二十八祖系乱れず東土には六祖の相伝明白なり、汝是
を悟らずして教網にかかる不便不便、是心即仏・即心是仏なれば此の身の外に更に何にか仏あらんや。
愚人此の語を聞いてつくづくと諸法を観じ閑かに義理を案じて云く仏教万差にして理非明らめ
ここまで見た
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  • 2014/08/12(火) 09:09:04.92
難し宜なるかな常啼は東に請い善財は南に求め薬王は臂を焼き楽法は皮を剥ぐ善知識実に値い難し、或は教内と談じ或
は教外と云う・此のことはりを思うに未だ淵底を究めず・法水に臨む者は深淵の思いを懐き人師を見る族は薄冰の心を成せり、爰を以て金言には依法不依人と定め又爪上土の譬あり若し仏法の真偽をしる人あらば尋ね
て師とすべし求めて崇べし、夫れ人界に生を受くるを天上の糸にたとへ仏法の視聴は浮木の穴に類せり、身を軽くして法を重んずべしと思うに依つて衆山に攀歎きに引れて諸寺を回る足に任せて一つの巌窟に至るに後には青山峨峨として
松風・常楽我浄を奏し前には碧水湯湯として岸うつ波・四徳波羅蜜を響かす深谷に開敷せる花も中道実相の色を顕し広野に綻ぶる梅も界如三千の薫を添ふ言語道断・心行所滅せり謂つ可し商山の四皓の所居とも又知らず古仏経行の迹なる
か、景雲朝に立ち霊光夕に現ず嗚呼心を以て計るべからず詞を以て宣ぶべからず、予此の砌に沈吟とさまよひ彷徨とたちもとをり徙倚とたたずむ、此処に忽然として一の聖人坐す其の行儀を拝
すれば法華読誦の声深く心肝に染みて閑〓の戸ほそを伺へば玄義の牀に臂をくだす、爰に聖人予が求法の志を
ここまで見た
  • 879
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  • 2014/08/12(火) 14:01:41.80
酌知て詞を和げ予に問うて云く汝なにに依つて此の深山の窟に至れるや、予答えて云く生をかろくして法をおもくする者なり、聖人問て云く其の行法如何、
予答えて云く本より我は俗塵に交りて未だ出離を弁えず、適善知識に値て始には律・次には念仏・真言・並に禅・此等を聞くといへども未だ真偽を弁えず、聖人
云く汝が詞を聞くに実に以て然なり身をかろくして法をおもくするは先聖の教へ予が存ずるところなり、抑上は非想の雲の上・下は那落の底までも生を受けて死をまぬかる
る者やはある、然れば外典のいやしきをしえにも朝に紅顔有つて世路に誇るとも夕には白骨と為つて郊原に朽ちぬと云へり、雲上に交つて雲のびんづら・あざやかに廻雪た
もと・を・ひるがへすとも其の楽みをおもへば夢の中の夢なり、山のふもと蓬がもとはつゐの栖なり玉の台・錦の帳も後世の道にはなにかせん、小野の小町・衣通姫が
花の姿も無常の風に散り・樊〓・張良が武芸に達せしも獄卒の杖をかなしむ、されば心ありし古人の云くあはれなり鳥べの山の夕煙をくる人とて・とまるべ
きかは、末のつゆ本のしづくや世の中の・をくれさきたつためしなるらん、先亡後滅の理り始めて驚くべきにあら
ここまで見た
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  • 2014/08/12(火) 14:02:47.49
ず願ふても願ふべきは仏道・求めても求むべきは経教なり
、抑汝が云うところの法門をきけば或は小乗・或は大乗・位の高下は且らく之を置く還つて悪道の業たるべし。
爰に愚人驚いて云く如来一代の聖教はいづれも衆生を利せんが為なり、始め七処・八会の筵より終り跋提河の儀式まで何れか釈尊の所説
ならざる設ひ一分の勝劣をば判ずとも何ぞ悪道の因と云べきや、聖人云く如来一代の聖教に権有り実有り大有り小有り又顕
密二道相分ち其の品一に非ず、須く其の大途を示して汝が迷を悟らしめん、夫れ三界の教主釈尊は十九歳にして伽耶城を出て檀特山に
篭りて難行苦行し三十成道の刻に三惑頓に破し無明の大夜爰に明しかば須く本願に任せて一乗妙法蓮華経を宣ぶべしといへども機縁万差にし
て其の機仏乗に堪えず、然れば四十余年に所被の機縁を調へて後八箇年に至つて出世の本懐たる妙法蓮華経を説き給へり、然れば
仏の御年七十二歳にして序分無量義経に説き定めて云く「我先きに道場菩提樹の下に端坐すること六年にして阿耨多羅三藐三菩提を成ずるこ
とを得たり、仏眼を以て一切の諸法を観ずるに宣説す可からず、所以は何ん諸の衆生の性慾不同なるを知れり性慾不
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  • 2014/08/12(火) 15:34:56.69
同なれば種種に法を説く種種に法を説くこと方便の力を以てす四十余年には未だ真実を顕わさず」文、此の文の意は仏の御年三十にして寂滅道場菩提樹の下に坐し
て仏眼を以て一切衆生の心根を御覧ずるに衆生成仏の直道たる法華経をば説くべからず、是を以て空拳を挙げて嬰児をすかすが如
く様様のたばかりを以て四十余年が間はいまだ真実を顕わさずと年紀をさして青天に日輪の出で暗夜に満月のかかるが如く説き定めさせ給へり、此の文を
見て何ぞ同じ信心を以て仏の虚事と説かるる法華已前の権教に執著して、めずらしからぬ三界の故宅に帰るべきや、されば法華経の
一の巻方便品に云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」文、此の文の意は前四十二年の経経・汝が語るところの念仏・真言・禅・律を正直に
捨てよとなり、此の文明白なる上重ねていましめて第二の巻譬喩品に云く「但楽つて大乗経典を受持し乃至余経の一偈をも受けざれ」
文、此の文の意は年紀かれこれ煩はし所詮法華経より自余の経をば一偈をも受くべからずとなり、然るに八宗の異義蘭菊に道俗形ちを異にすれ
ども一同に法華経をば崇むる由を云う、されば此等の文をばいかが弁へたる正直に捨てよと云つて
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  • 2014/08/12(火) 15:36:39.50
余経の一偈をも禁むるに或は念仏・或は真言・或は禅・或は律・是れ余経にあらずや、今此の妙法蓮華経とは諸仏出世の本意・衆生成仏の直道なり、されば釈尊は付属を宣べ多宝は証明を遂げ諸仏は舌相を梵天に付けて
皆是真実と宣べ給へり、此の経は一字も諸仏の本懐・一点も多生の助なり一言一語も虚妄あるべからず此の経の禁を用いざる者は諸仏の舌をきり賢聖をあざむく人に非ずや其の罪実に怖るべし、されば二の巻
に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば則ち一切世間の仏種を断ず」文、此の文の意は若人此経の一偈一句をも背かん人は過去・現在・未来・三世十方の仏を殺さん罪と定む、経教の鏡をもつて当世にあてみ
るに法華経をそむかぬ人は実に以て有りがたし、事の心を案ずるに不信の人・尚無間を免れず況や念仏の祖師・法然上人は法華経をもつて念仏に対して抛てよと云云、五千七千の経教に何れの処にか法華経を抛てよと云
う文ありや、三昧発得の行者・生身の弥陀仏とあがむる善導和尚・五種の雑行を立てて法華経をば千中無一とて千人持つとも一人も仏になるべからずと立てたり、経文には若有聞法者無一不成仏と談じて此の経を聞けば十
界の依正・皆仏道を成ずと
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  • 2014/08/12(火) 16:22:55.02
見えたり、爰を以て五逆の調達は天王如来の記〓に予り非器五障の竜女も南方に頓覚成道を唱ふ況や復〓〓の六即を立てて機を漏らす事なし、善導の言と法華経の文と実に以て天地雲泥せり
何れに付くべきや就中其の道理を思うに諸仏衆経の怨敵・聖僧衆人の讎敵なり、経文の如くならば争か無間を免るべきや。
爰に愚人色を作して云く汝賤き身を以て恣に莠言を吐く悟つて言うか迷つて言うか理非弁え難し、忝なくも善導和尚は弥陀善逝の応化・或は勢至菩薩の化身と云へり、法然上人も亦然なり善導の後身といへり、上古の先
達たる上・行徳秀
発し解了・底を極めたり何ぞ悪道に堕ち給うと云うや、聖人云く汝が言然なり予も仰いで信を取ること此くの如し但し仏法は強ちに人の貴賤には依るべからず只経文を先きとすべし身の賤をもつて其の法を軽んずる事
なかれ、有人楽生悪死・有人楽死悪生の十二字を唱へし毘摩大国の狐は帝釈の師と崇められ諸行無常等の十六字を談ぜし鬼神は雪山童子に貴まる是れ必ず狐と鬼神との貴きに非ず只法を重んずる故なり、されば我等
が慈父・教主釈尊・雙林最後の御遺言・涅槃経の第六には依法不依人とて普賢・文殊等の等覚已還の大薩〓・法門
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  • 2014/08/12(火) 16:23:55.64
を説き給ふとも経文を手に把らずば用ゐざれとなり、天台大師の云く「修多羅と合する者は録して之を用いよ文無く義無きは信受す可からず」文、釈の意は経文に明な
らんを用いよ文証無からんをば捨てよとなり、伝教大師の云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」文、前の釈と同意なり、竜樹菩薩の云く「修多羅白論に依つて修多
羅黒論に依らざれ」と文、意は経の中にも法華已前の権教をすてて此の経につけよとなり、経文にも論文にも法華に対して諸余の経典を捨てよと云う事分明なり、然るに開
元の録に挙る所の五千七千の経巻に法華経を捨てよ乃至抛てよと嫌ふことも又雑行に摂して之を捨てよと云う経文も全く無しされば慥の経文を勘へ出して善導・
法然の無間の苦を救はるべし、今世の念仏の行者・俗男俗女・経文に違するのみならず又師の教にも背けり、五種の雑行とて念仏申さん人のすつべき日記・善導の釈
之れ有り、其の雑行とは選択に云く「第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて已外大小乗顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く乃至第三
に礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外一切諸余の仏菩薩等及諸の世天に於て礼拝恭敬す
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  • 2014/08/12(火) 16:54:04.64
るを悉く礼拝雑行と名く、第四に称名雑行とは上の弥陀の名号を称するを除いて已外自余の一切仏菩薩等及諸の世天等の名号を称するを悉く称
名雑行と名く、第五に讃歎供養雑行とは上の弥陀仏を除いて已外一切諸余の仏菩薩等及諸の世天等に於て讃歎し供養するを悉く讃歎供養雑行と名く」文。
此の釈の意は第一の読誦雑行とは念仏申さん道俗男女読むべき経あり読むまじき経ありと定めたり、読むまじき経は法華経・仁王経・薬師経・大集経・般若心
経・転女成仏経・北斗寿命経ことさらうち任せて諸人読まるる八巻の中の観音経・此等の諸経を一句一偈も読むならば・たとひ念仏を志す行者なりとも雑行に摂せ
られて往生す可からず云云・予愚眼を以て世を見るに設ひ念仏申す人なれども此の経経を読む人は多く師弟敵対して七逆罪となりぬ。
又第三の礼拝雑行とは念仏の行者は弥陀三尊より外は上に挙ぐる所の諸仏菩薩・諸天善神を礼するをば礼拝雑行と名け又之を禁ず、然るを日本は神国として伊奘諾伊奘
册の尊此の国を作り天照大神垂迹御坐して御裳濯河の流れ久しくして今にたえず豈此の国に生を受けて此の邪義を用ゆべきや、又普天の下に生れて三光の恩を蒙りながら誠に日月・星
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  • 2014/08/12(火) 16:55:30.09
宿を破する事尤も恐れ有り。又第四の称名雑行とは念仏申さん人は唱うべき仏菩薩の名あり唱えまじき仏菩薩の名あり、唱うべき仏菩薩の名とは弥陀三尊の名
号、唱うまじき仏菩薩の名号とは釈迦・薬師・大日等の諸仏、地蔵・普賢・文殊・日月星、二所と三嶋と熊野と羽黒と天照大神と八幡大菩薩と此等の名を一遍
も唱えん人は念仏を十万遍・百万遍申したりとも此の仏菩薩・日月神等の名を唱うる過に依つて無間には・おつとも往生すべからずと云云、我世間を見るに念
仏を申す人も此等の諸仏菩薩・諸天善神の名を唱うる故に是れ又師の教に背けり。
第五の讃歎供養雑行とは念仏申さん人は供養すべき仏は弥陀三尊を供養せん外は上に挙ぐる所の仏菩薩・諸天善神に香華のすこしをも供養せん人は念仏の
功は貴とけれども此の過に依つて雑行に摂すと是をきらふ、然るに世を見るに社壇に詣でては幣帛を捧げ堂舎に臨みては礼拝を致す是れ又師の教に背けり、汝若
し不審ならば選択を見よ其の文明白なり、又善導和尚の観念法門経に云く「酒肉五辛誓つて発願して手に捉らざれ口に喫まざれ若し此の語に違せば即ち身口倶
に悪瘡を著けんと願ぜよ」文、此の文の意は念仏申さん男女・尼
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  • 2014/08/12(火) 17:33:22.78
法師は酒を飲まざれ魚鳥をも食わざれ其の外にら・ひる等の五つのからく・くさき物を食わざれ是
を持たざる念仏者は今生には悪瘡身に出で後生には無間に堕すべしと云云、然るに念仏申す男女・尼法師・此の誡をかへりみず恣に酒をのみ魚鳥を食ふ事・剣を飲む譬にあらずや。
爰に愚人の云く誠に是れ此の法門を聞くに念仏の法門実に往生すと雖も其の行儀修行し難し況や彼の憑む所の経論は皆以て権説なり往生す可からざるの条分明
なり、但真言を破する事は其の謂れ無し夫れ大日経とは大日覚王の秘法なり大日如来より系も乱れず善無畏・不空之を伝え弘法大師は日本に両界の曼陀羅を弘め、尊高
三十七尊・秘奥なるものなり然るに顕教の極理は尚密教の初門にも及ばず爰を以て後唐院は法華尚及ばず況や自余の教をやと釈し給へり此の事如何が心うべきや。
聖人示して云く予も始は大日に憑を懸けて密宗に志を寄す然れども彼の宗の最底を見るに其の立義も亦謗法なり汝が云う所の高野の大師は嵯峨天皇の
御宇の人師なり、然るに皇帝より仏法の浅深を判釈すべき由の宣旨を給いて十住心論十巻之を造る、此の書広博なる間要を取つて三巻に之を縮め其の名を秘蔵
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  • 2014/08/12(火) 17:34:29.97
宝鑰と号す始異生羝羊心より終秘密荘厳心に至るまで十に分別し、第八法華・第九華厳・第十真言と立てて法華は華厳にも劣れば大日経には三重の劣と判じて此くの
如きの乗乗は自乗に仏の名を得れども後に望めば戯論と作ると書いて法華経を狂言綺語と云い釈尊をば無明に迷へる仏と下せり、仍て伝法院建立せし弘法の弟子正覚房
は法華経は大日経のはきものとりに及ばず・釈迦仏は大日如来の牛飼にも足らずと書けり、汝心を静めて聞け一代五千七千の経教・外典三千余巻にも法華経は
戯論三重の劣・華厳経にも劣り釈尊は無明に迷へる仏にて大日如来の牛飼にも足らずと云う慥なる文ありや、設ひさる文有りと云うとも能く能く思案あるべきか。
経教は西天より東土に〓ぼす時・訳者の意楽に随つて経論の文不定なり、さて後秦の羅什三蔵は我漢土の仏法を見るに多く梵本に違せり我が訳する所の経若し誤
りなくば我死して後・身は不浄なれば焼くると云えども舌計り焼けざらんと常に説法し給いしに焼き奉る時・御身は皆骨となるといへども御舌計りは青蓮華の上に光明を放つて
日輪を映奪し給いき有り難き事なり、さてこそ殊更・彼の三蔵所訳の法華経は唐土にやすやすと弘まらせ給い
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  • 2014/08/12(火) 19:02:11.38
しか、然れば延暦寺の根本大師・諸宗を責め給いしには法華を訳する三蔵は舌の焼けざる験あり汝等が依経は皆誤れりと破し給ふは是なり、涅槃経にも我が仏法は他国へ移らん時誤り多かるべしと説き給へば経文に設ひ
法華経はいたずら事・釈尊をば無明に迷へる仏なりとありとも権教・実教・大乗・小乗・説時の前後・訳者能く能く尋ぬべし、所謂老子・孔子は九思一言・三思一言・周公旦は食するに三度吐き沐するに三度にぎる外典のあさ
き猶是くの如し況や内典の深義を習はん人をや、其の上此の義・経論に迹形もなし人を毀り法を謗じては悪道に堕つべしとは弘法大師の釈なり必ず地獄に堕んこと疑い無き者なり。
爰に愚人・茫然とほれ忽然となげひて良久しうして云く此の大師は内外の明鏡・衆人の導師たり徳行世に勝れ名誉普く聞えて或は唐土より三鈷を八万余里の海上をなぐるに即日本に至り或は心経の旨
をつづるに蘇生の族・途に彳む、然れば此の人ただ人にあらず大聖権化の垂迹なり仰いで信を取らんにはしかじ、聖人云く予も始めは然なり但し仏道に入つて理非を勘へ見るに仏法の邪正は必ず得通自在にはよらず
是を以て仏は依法不依人と定め給へり前に示すが如し、彼の阿伽陀仙
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  • 2014/08/12(火) 19:03:11.75
は恒河を片耳にただへて十二年・耆兎仙は一日の中に大海をすひほす張階は霧を吐き欒巴は雲を吐く然れども未だ仏法の是
非を知らず因果の道理をも弁へず、異朝の法雲法師は講経勤修の砌に須臾に天華をふらせしかども妙楽大師は感応斯くの如きも猶理に称わずとていまだ仏法をばしらずと破し給う、夫れ此の法華経と申す
は已今当の三説を嫌つて已前の経をば未顕真実と打破り肩を並ぶる経をば今説の文を以てせめ已後の経をば当説の文を以て破る実に三説第一の経なり、第四の巻に云く「薬王今
汝に告ぐ我所説の経典而かも此の経の中に於て法華最第一なり」文、此の文の意は霊山会上に薬王菩薩と申せし菩薩に仏告げて云く始華厳より終涅槃経に至るまで無量無辺の経・恒河沙等の数多し其の中に
は今の法華経最第一と説かれたり、然るを弘法大師は一の字を三と読まれたり、同巻に云く「我仏道の為に無量の土に於て始より今に至るまで広く諸経を説く而も其の中に於て此の経第一なり」と、此の
文の意は又釈尊無量の国土にして或は名字を替え或は年紀を不同になし種種の形を現して説く所の諸経の中には此の法華経を第一と定められたり、同き第五巻には最在其上
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  • 2014/08/12(火) 20:14:00.50
と宣べて大日経・金剛頂経等の無量の経の頂に此の経は有るべしと説かれたるを弘法大師は最在其下と謂へり、釈尊と弘法と法華経と宝鑰とは実に以て
相違せり釈尊を捨て奉つて弘法に付くべきか、又弘法を捨てて釈尊に付奉るべきか、又経文に背いて人師の言に随ふべきか人師の言を捨てて金言を仰ぐべきか
用捨心に有るべし、又第七の巻薬王品に十喩を挙げて教を歎ずるに第一は水の譬なり江河を諸経に譬へ大海を法華に譬へたり、然るを大日経は勝れたり法華は劣れりと
云う人は即大海は小河よりもすくなしと云わん人なり、然るに今の世の人は海の諸河に勝る事をば知るといへども法華経の第一なる事をば弁へず、第二は山の譬なり衆山を
諸経に譬へ須弥山を法華に譬へたり須弥山は上下十六万八千由旬の山なり何れの山か肩を並ぶべき法華経を大日経に劣ると云う人は富士山は須弥山より大
なりと云わん人なり、第三は星月の譬なり諸経を星に譬へ法華経を月に譬ふ月と星とは何れ勝りたりと思へるや、乃至次下には此の経も亦復是くの如し一切の如
来の所説若しは菩薩の所説若しは声聞の所説諸の経法の中に最も為れ第一とて此の法華経は只釈尊一代の第一と説き給うのみにあら
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  • 2014/08/12(火) 20:15:18.64
ず大日・及び薬師・阿弥陀等の諸仏・普賢文殊等の菩薩の一切の所説・諸経の中に此の法華経第一と説けり、されば若し此の経に勝りたりと云う経有らば外道天魔の説と知るべき
なり、其の上・大日如来と云うは久遠実成の教主釈尊・四十二年・和光同塵して其の機に応ずる時・三身即一の如来暫く毘盧遮那と示せり、是の故に開顕実相の前
には釈迦の応化と見えたり、爰を以て普賢経には釈迦牟尼仏を毘盧遮那遍一切処と名け其の仏の住処を常寂光と名くと説けり、今法華経は十界互具・一念三
千・三諦即是・四土不二と談ず其の上に一代聖教の骨髄たる二乗作仏・久遠実成は今経に限れり、汝語る所の大日経・金剛頂経等の三部の秘経に此等の大
事ありや善無畏・不空等・此等の大事の法門を盗み取つて己が経の眼目とせり本経本論には迹形もなき誑惑なり急ぎ急ぎ是を改むべし。
抑大日経とは四教含蔵して尽形寿戒等を明せり唐土の人師は天台所立の第三時・方等部の経なりと定めたる権教なりあさまし・あさまし、汝実に道心あらば急い
で先非を悔ゆべし夫れ以れば此の妙法蓮華経は一代の観門を一念にすべ十界の依正を三千につづめたり。聖愚問答抄下聖愚問答抄 下爰に愚人聊か和いで
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  • 2014/08/12(火) 21:12:33.42
云く経文は明鏡なり疑慮をいたすに及ばず但し法華経は三説に秀で一代に超ゆるといへども言説に拘はらず経文に留まらざる我等が心の本分の禅の
一法には・しくべからず凡そ万法を払遣して言語の及ばざる処を禅法とは名けたり、されば跋提河の辺り沙羅林の下にして釈尊・金棺より御足を出し拈華微笑して此
の法門を迦葉に付属ありしより已来・天竺二十八祖・系乱れず唐土には六祖次第に弘通せり、達磨は西天にしては二十八祖の終東土にしては六祖の始なり相伝をうしな
はず教網に滞るべからず、爰を以て大梵天王問仏決疑経に云く「吾に正法眼蔵の涅槃妙心実相無相微妙の法門有り教外に別に伝う文字を立てず摩訶迦葉に付
属す」とて迦葉に此の禅の一法をば教外に伝ふと見えたり、都て修多羅の経教は月をさす指・月を見て後は指何かはせん心の本分・禅の一理を知つて後は仏教に心を留むべしや、されば古人の云
く十二部経は総て是れ閑文字と云云、仍つて此の宗の六祖慧能の壇経を披見するに実に以て然なり、言下に契会して後は教は何かせん此の理如何が弁えんや、聖人示
して云く汝先ず法門を置いて道理を案ぜよ、抑我一代の大途を伺わず十宗の淵底を究めずして国を諌め人を
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  • 2014/08/12(火) 21:14:07.14
教ふべきか、汝が談ずる所の禅は我最前に習い極めて其の至極を見るに甚だ以て僻事なり、禅に三種あり所謂如来禅と教禅と祖師禅となり、汝が言う所の祖師禅等の一端之を示さん聞いて其の旨を知れ若し教を
離れて之を伝うといわば教を離れて理なく理を離れて教無し理全く教教全く理と云う道理汝之を知らざるや拈華微笑して迦葉に付属し給うと云うも是れ教なり不立文字と云う四字も即教なり文字なり此
の事・和漢両国に事旧りぬ今いへば事新きに似たれども一両の文を勘えて汝が迷を払はしめん、補註十一に云く又復若し言説に滞ると謂わば且らく娑婆世界には何を将つて仏事と為るや、禅徒豈言説をもつて
人に示さざらんや、文字を離れて解脱の義を談ずること無し豈に聞かざらんや乃至次ぎ下に云く豈に達磨西来して直指人心・見性成仏すと而るに華厳等の諸大乗経に此の事無からんや、嗚呼世人何ぞ其れ愚かなるや汝等当
に仏の所説を信ずべし諸仏如来は言虚妄無し、此の文の意は若し教文にとどこほり言説にかかはるとて教の外に修行すといはば此の娑婆国にはさて如何がして仏事善根を作すべき、さように云うところ
の禅人も人に教ゆる時は言を以て云はざるべしや其の上仏道の解
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  • 2014/08/12(火) 21:52:04.35
了を云う時文字を離れて義なし、又達磨西より来つて直に人心を指して仏なりと云う是程の理は華厳・大集・大般若等の法華已前の権大乗経にも在
在処処に之を談ぜり是をいみじき事とせんは無下に云いがひなき事なり嗚呼今世の人何ぞ甚ひがめるや只中道実相の理に契当せる妙覚果満の如来誠諦の言を信ずべきなり又妙楽大師の弘決の一に此
の理を釈して云く「世人教を蔑にして理観を尚ぶは誤れるかな誤れるかな」と、此の文の意は今の世の人人は観心観法を先として経教を尋ね学ばず還つて教をあなづり経をかろしむる是れ誤れりと云う文なり、其の上当世の禅人
・自宗に迷へり、続高僧伝を披見するに習禅の初祖達磨大師の伝に云く教に藉つて宗を悟ると、如来一代の聖教の道理を習学し法門の旨・宗宗の沙汰を知るべきなり、又達磨の弟子・六祖の第二祖慧可の伝に云く達磨禅師四巻の楞
伽を以て可に授けて云く「我漢の地を観るに唯此の経のみ有り仁者依行せば自ら世を度する事を得ん」と、此の文の意は達磨大師・天竺より唐土に来つて四巻の楞伽経をもつて慧可に授けて云く我此の国を見るに是の経殊に勝れたり
汝持ち修行して仏に成れとなり、此等の祖師既に経文を前とす若し之に依つ
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  • 896
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  • 2014/08/12(火) 21:52:57.62
て経に依ると云はば大乗か小乗か権教か実教か能く能く弁ふべし、或は経を用いるには禅宗も楞伽経・首楞厳経・金剛・般若経等による是れ皆法華已前の権教・覆蔵の説なり、只諸経に是心即仏・即
心是仏等の理の方を説ける一両の文と句とに迷いて大小・権実・顕露・覆蔵をも尋ねず、只不二を立てて而二を知らず謂己均仏の大慢を成せり、彼の月氏の大慢が迹をつぎ此の尸那の三階禅師が古風を
追う然りと雖も大慢は生ながら無間に入り三階は死して大蛇と成りぬをそろし・をそろし、釈尊は三世了達の解了・朗かに妙覚果満の智月潔くして未来を鑒みたまい像法決疑経に記して云く「諸の悪比丘或は
禅を修する有つて経論に依らず自ら己見を逐つて非を以て是と為し是邪是正と分別すること能わず〓く道俗に向つて是くの如き言を作さく我能く是を知り我能く是を見ると当に知るべし此の人は速
かに我法を滅す」と、此の文の意は諸悪比丘あつて禅を信仰して経論をも尋ねず邪見を本として法門の是非をば弁えずして而も男女・尼法師等に向つて我よく法門を知れり人はしらずと云つて此の禅を
弘むべし、当に知るべし此の人は我が正法を滅すべしとなり、此の文をもつて当世を見る
ここまで見た
  • 897
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  • 2014/08/12(火) 22:35:15.74
に宛も符契の如し汝慎むべし汝畏るべし、先に談ずる所の天竺に二十八祖有つて此の法門を口伝すと云
う事其の証拠何に出でたるや仏法を相伝する人・二十四人・或は二十三人と見えたり、然るを二十八祖と立つる事・所出の翻訳何にかある全く見えざるところなり、此の付法蔵の人の事・私に書くべきに
あらず如来の記文分明なり、其の付法蔵伝に云く「復比丘有り名けて師子と曰う〓賓国に於て大に仏事を作す、時に彼の国王をば弥羅掘と名け邪見熾盛にして心に敬信無く〓賓国に於て塔寺
を毀壊し衆僧を殺害す、即ち利剣を以て用いて師子を斬る頚の中血無く唯乳のみ流出す法を相付する人是に於て便ち絶えん」此の文の意は仏我が入涅槃の後に我が法を相伝する人二十四人あるべ
し其の中に最後・弘通の人に当るをば師子比丘と云わん、〓賓国と云う国にて我が法を弘むべし彼の国の王をば檀弥羅王と云うべし邪見放逸にして仏法を信ぜず衆僧を敬はず堂塔を破り失ひ剣
をもつて諸僧の頚を切るべし即師子比丘の頚をきらん時に頚の中に血無く只乳のみ出ずべし、是の時に仏法を相伝せん人絶ゆべしと定められたり、案の如く仏の御言違わず師子尊者・頚をきられ給う事・実に以て爾なり、
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  • 2014/08/12(火) 22:35:49.20
王のかいな共につれて落ち畢んぬ、二十八祖を立つる事・甚以て僻見なり禅の僻事是より興るなるべし、今慧能が壇経に二十八祖を立つる事は達磨を高祖と定むる時師子と達磨との年紀遥かなる間・三人の禅師
を私に作り入れて天竺より来れる付法蔵・系乱れずと云うて人に重んぜさせん為の僻事なり此の事異朝にして事旧りぬ、補註の十一に云く「今家は二十三祖を承用す豈〓有らんや、若し二十八祖を立つるは未だ所出
の翻訳を見ざるなり、近来更に石に刻み版に鏤め七仏二十八祖を図状し各一偈を以て伝授相付すること有り嗚呼仮託何ぞ其れ甚だしきや識者力有らば宜しく斯の弊を革むべし」是も二十八祖を立て石にきざみ版にち
りばめて伝うる事・甚だ以て誤れり此の事を知る人あらば此の誤をあらためなをせとなり、祖師禅甚だ僻事なる事是にあり先に引く所の大梵天王問仏決疑経の文を教外別伝の証拠に汝之を引く既に自語相
違せり、其の上此の経は説相権教なり又開元貞元の再度の目録にも全く載せず是録外の経なる上・権教と見えたり、然れば世間の学者用ゐざるところなり証拠とするにたらず。
抑今の法華経を説かるる時・益をうる輩・迹門界如三千の時・敗種の二乗仏種を萠す四十二
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  • 2014/08/12(火) 23:17:23.33
年の間は永不成仏と嫌はれて在在処処の集会にして罵詈誹謗の音をのみ聞き人天大会に思いうとまれて既に飢え死ぬ
べかりし人人も今の経に来つて舎利弗は華光如来・目連は多摩羅跋旃檀香如来・阿難は山海慧自在通王仏・羅〓羅は〓七宝華如来・五百の羅漢は普明如来・二千の声聞は宝相如来の記〓に
予る・顕本遠寿の日は微塵数の菩薩増道損生して位大覚に鄰る、されば天台大師の釈を披見するに他経には菩薩は仏になると云つて二乗の得道は永く之れ無し、善人は仏になると云つて悪人の成仏を明さず
男子は仏になると説いて女人は地獄の使と定む人天は仏になると云つて畜類は仏になるといはず、然るを今の経は是等が皆仏になると説くたのもしきかな末代濁世に生を受くといへども
提婆が如くに五逆をも造らず三逆をも犯さず、而るに提婆・猶天王如来の記〓を得たり況や犯さざる我等が身をや、八歳の竜女・既に蛇身を改めずして南方に妙果を証す況や人界に生を受けたる女人をや、只得難き
は人身値い難きは正法なり汝早く邪を翻えし正に付き凡を転じて聖を証せんと思はば念仏・真言・禅・律を捨てて此の一乗妙典を受持すべし、若し爾らば妄染の塵穢を払つて清浄の覚体を
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  • 2014/08/12(火) 23:18:17.11
証せん事疑なかるべし。爰に愚人云く今聖人の教誡を聴聞するに日来の矇昧忽に開けぬ天真発明とも云つべし理非顕然なれば誰か信仰せざらんや、但し世上を見るに上一人より下万民に至るまで念仏・真言・禅・律を深く信
受し御座すさる前には国土に生を受けながら争か王命を背かんや、其の上我が親と云い祖と云い旁念仏等の法理を信じて他界の雲に交り畢んぬ、又日本には上下の人数・幾か有る、然りと雖も権教権宗
の者は多く此の法門を信ずる人は未だ其の名をも聞かず、仍て善処・悪処をいはず邪法・正法を簡ばず内典・五千七千の多きも外典・三千余巻の広きも只主君の命に随ひ父母の義に叶うが肝心なり、されば
教主釈尊は天竺にして孝養報恩の理を説き孔子は大唐にして忠功孝高の道を示す師の恩を報ずる人は肉をさき身をなぐ主の恩をしる人は弘演は腹をさき予譲は剣をのむ親の恩を思いし人は丁蘭は木をきざみ
伯瑜は杖になく、儒・外・内・道は異なりといへども報恩謝徳の教は替る事なし然れば主師親のいまだ信ぜざる法理を我始めて信ぜん事・既に違背の過に沈みなん法門の道理は経文・明白なれば疑網都て尽きぬ後
生を願はずば来世・苦に沈むべし進退惟谷れり我如何がせんや
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  • 2014/08/12(火) 23:43:36.41
、聖人云く汝此の理を知りながら猶是の語をなす理の通ぜざるか意の及ばざるか我釈尊の遺法をまなび仏法に肩を入れしより已来知恩をもて最とし報
恩をもて前とす世に四恩あり之を知るを人倫となづけ知らざるを畜生とす、予父母の後世を助け国家の恩徳を報ぜんと思うが故に身命を捨つる事敢て他事にあらず唯知恩を旨とする計りなり、先ず汝目をふ
さぎ心を静めて道理を思へ我は善道を知りながら親と主との悪道にかからんを諌めざらんや、又愚心の狂ひ酔つて毒を服せんを我知りながら是をいましめざらんや、其の如く法門の道理を存じて火
・血・刀の苦を知りながら争か恩を蒙る人の悪道におちん事を歎かざらんや、身をもなげ命をも捨つべし諌めても・あきたらず歎きても限りなし、今世に眼を合する苦み猶是を悲む況や悠悠たる冥途の悲み豈
に痛まざらんや恐れても恐るべきは後世・慎みても慎むべきは来世なり、而るを是非を論ぜず親の命に随ひ邪正を簡ばず主の仰せに順はんと云う事愚癡の前には忠孝に似たれども賢人の意には不忠不孝・是に過ぐべからず。
されば教主釈尊は転輪聖王の末・師子頬王の孫・浄飯王の嫡子として五天竺の大王たるべしといへども生死無常の理をさとり
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  • 2014/08/12(火) 23:45:08.64
出離解脱の道を願つて世を厭ひ給しかば浄飯大王是を歎き四方に四季の色を顕して太子の御意を留め奉らんと巧み給ふ、先づ東には霞たなびくたえまより・かりがね・こしぢに帰り〓の梅の香・玉簾の中にかよひ・でうでう・たる花の色・ももさへづりの
鴬・春の気色を顕はせり、南には泉の色・白たへにしてかの玉川の卯の華信太の森のほととぎす夏のすがたを顕はせり、西には紅葉常葉に交ればさながら錦をおり交え荻ふく風・閑かにして松の嵐・ものすごし過ぎにし
夏のなごりには沢辺にみゆる螢の光・あまつ空なる星かと誤り・松虫・鈴虫の声声・涙を催せり、北には枯野の色いつしか・ものうく池の汀につららゐて谷の小川も・をとさびぬ、かかるありさまを造つて御意をなぐさめ給うの
みならず四門に五百人づつの兵を置いて守護し給いしかども終に太子の御年十九と申せし二月八日の夜半の比・車匿を召して金泥駒に鞍置かせ伽耶城を出て檀特山に入り十二年高山に薪をとり深谷
に水を結んで難行苦行し給ひ三十成道の妙果を感得して三界の独尊・一代の教主と成つて父母を救ひ群生を導き給いしをばさて不孝の人と申すべきか、仏を不孝の人と云いしは九十五種の外道なり父母
の命に背い
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  • 2014/08/13(水) 06:56:05.31
て無為に入り還つて父母を導くは孝の手本なる事・仏其の証拠なるべし、彼の浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王・外道の法に著して仏法に背き給いしかども二人の太子は父の命に背いて雲雷音王仏の御弟子となり終に父を導いて沙羅樹王仏
と申す仏になし申されけるは不孝の人と云うべきか、経文には棄恩入無為・真実報恩者と説いて今生の恩愛をば皆すてて仏法の実の道に入る是れ実に恩をしれる人なりと見えたり、又主君の恩の深き事・汝よりも能くしれり汝若し知恩の望あ
らば深く諌め強いて奏せよ非道にも主命に随はんと云う事・佞臣の至り不忠の極りなり、殷の紂王は悪王・比干は忠臣なり政事理に違いしを見て強て諌めしかば即比干は胸を割かる紂王は比干死して後・周の王に打たれ
ぬ、今の世までも比干は忠臣といはれ紂王は悪王といはる、夏の桀王を諌めし竜蓬は頭をきられぬ・されども桀王は悪王・竜蓬は忠臣とぞ云う主君を三度・諌むるに用ゐずば山林に交れとこそ教へたれ何ぞ其の非を見ながら黙
せんと云うや、古の賢人・世を遁れて山林に交りし先蹤を集めて聊か汝が愚耳に聞かしめん、殷の代の太公望は〓渓と云う谷に隠る、周の代の伯夷・叔斉は首陽山と云う山に篭る、秦の綺里季は商
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  • 2014/08/13(水) 06:57:46.69
洛山に入り漢の厳光は孤亭に居し、晋
の介子綏は緜上山に隠れぬ、此等をば不忠と云うべきか愚かなり汝忠を存ぜば諌むべし孝を思はば言うべきなり。
先ず汝権教・権宗の人は多く此の宗の人は少し何ぞ多を捨て少に付くと云う事必ず多きが尊くして少きが卑きにあらず、賢善の人は希に愚悪の者は多し麒麟・鸞鳳は禽獣の奇秀なり然れども是は甚だ少し牛羊
・烏鴿は畜鳥の拙卑なりされども是は転多し、必ず多きがたつとくして少きがいやしくば麒麟をすてて牛羊をとり鸞鳳を閣いて烏鴿をとるべきか、摩尼・金剛は金石の霊異なり、此の宝は乏しく瓦礫・土石は徒物の至り是は又巨
多なり、汝が言の如くならば玉なんどをば捨てて瓦礫を用ゆべきかはかなし・はかなし、聖君は希にして千年に一たび出で賢佐は五百年に一たび顕る摩尼は空しく名のみ聞く麟鳳誰か実を見たるや世間出世・善き者は乏しく悪き
者は多き事眼前なり、然れば何ぞ強ちに少きを・おろかにして多きを詮とするや土沙は多けれども米穀は希なり木皮は充満すれども布絹は些少なり、汝只正理を以て前とすべし別して人の多きを以て本とすることなかれ。
爰に愚人席をさり袂をかいつくろいて云く誠に聖教の理をきくに
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  • 2014/08/13(水) 06:58:35.52
人身は得難く天上の絲筋の海底の針に貫けるよりも希に仏法は聞き難くして一眼の亀の浮木に遇うよりも難し、今既に得難き人界に生をうけ値い難き仏教を見聞しつ今生をもだして
は又何れの世にか生死を離れ菩提を証すべき、夫れ一劫受生の骨は山よりも高けれども仏法の為には・いまだ一骨をもすてず多生恩愛の涙は海よりも深けれども尚後世の為には一滴をも
落さず、拙きが中に拙く愚かなるが中に愚かなり設ひ命をすて身をやぶるとも生を軽くして仏道に入り父母の菩提を資け愚身が獄縛をも免るべし能く能く教を示し給へ。
抑法華経を信ずる其の行相如何五種の行の中には先ず何れの行をか修すべき丁寧に尊教を聞かん事を願う、聖人示して云く汝蘭室の友に交つて麻畝の性と成る誠に禿樹禿に非ず春に遇つて栄え華
さく枯草枯るに非ず夏に入つて鮮かに注ふ、若し先非を悔いて正理に入らば湛寂の潭に遊泳して無為の宮に優遊せん事疑なかるべし、抑仏法を弘通し
群生を利益せんには先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり、所以は時に正像末あり法に大小乗あり修行に摂折あり摂受の時・折伏を行ずるも非なり折伏の時・摂受を行ずるも失なり、然るに
今世は摂
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  • 2014/08/13(水) 07:24:04.87
受の時か折伏の時か先づ是を知るべし摂受の行は此の国に法華一純に弘まりて邪法邪師・一人もなしといはん、此の時は山林に交
つて観法を修し五種・六種・乃至十種等を行ずべきなり、折伏の時はかくの如くならず経教のおきて蘭菊に諸宗のおぎろ誉れを擅にし邪正肩を並べ大小先を争はん時は万事を閣いて謗法を責むべ
し是れ折伏の修行なり、此の旨を知らずして摂折途に違はば得道は思もよらず悪道に堕つべしと云う事法華涅槃に定め置き天台妙楽の解釈にも分明なり是れ
仏法修行の大事なるべし、譬ば文武両道を以て天下を治るに武を先とすべき時もあり文を旨とすべき時もあり、天下無為にして国土静かならん時は文を先とすべし東夷・南蛮・西戎・北狄・蜂起して
野心をさしはさまんには武を先とすべきなり、文武のよき事計りを心えて時をもしらず万邦・安堵の思をなして世間無為ならん時・甲冑をよろひ兵杖をもたん事も非なり、又王敵起らん時・戦場にて武具をば
閣いて筆硯を提ん事是も亦時に相応せず摂受・折伏の法門も亦是くの如し正法のみ弘まつて邪法・邪師・無からん時は深谷にも入り閑静にも居して読誦書写をもし観念工夫をも凝すべし、是れ
天下の静なる
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  • 2014/08/13(水) 07:25:04.34
時・筆硯を用ゆるが如し権宗・謗法・国にあらん時は諸事を閣いて謗法を責むべし是れ合戦の場に兵杖を用ゆるが如し、然れば章安大師涅槃の疏に釈して云く「昔は時平かにして法弘
まる応に戒を持すべし杖を持すること勿れ今は時嶮しくして法翳る応に杖を持すべし戒を持すること勿れ今昔倶に嶮しくば倶に杖を持すべし今昔倶に平かならば応に倶に戒を持すべし、取
捨宜きを得て一向にす可からず」と此の釈の意分明なり、昔は世もすなをに人もただしくして邪法邪義・無かりき、されば威儀をただし穏便に行業を積んで杖をもつて人を責めず邪法をとがむ
る事無かりき、今の世は濁世なり人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし此の時は読誦書写の修行も観念・工夫・修練も無用なり、只折伏を行じて
力あらば威勢を以て謗法をくだき又法門を以ても邪義を責めよとなり、取捨其旨を得て一向に執する事なかれと書けり、今の世を見るに正法一純に弘まる国か邪法の興盛する国か
勘ふべし、然るを浄土宗の法然は念仏に対して法華経を捨閉閣抛とよみ善導は法華経を雑行と名け剰へ千中無一とて千人信ずとも一人得道の者ある
べからずと書けり、真言宗の弘法は法華経
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  • 2014/08/13(水) 07:25:58.38
を華厳にも劣り大日経には三重の劣と書き戯論の法と定めたり、正覚房は法華経は大日経のはきものとりにも及ばずと云ひ釈尊をば大日如来の牛飼にも
たらずと判せり、禅宗は法華経を・吐たる・つばき・月をさす指・教網なんど下す、小乗律等は法華経は邪教・天魔の所説と名けたり、此等豈謗法にあらずや責めても猶あまりあり禁めても亦たらず。
愚人云く日本・六十余州・人替り法異りといへども或は念仏者・或は真言師・或は禅・或は律・誠に一人として謗法ならざる人はなし、然りと雖も人の上沙汰してなにかせん只我が心中に深く信受して人の誤りをば余所の事にせ
んと思ふ、聖人示して云く汝言う所実にしかなり我も其の義を存ぜし処に経文には或は不惜身命とも或は寧喪身命とも説く、何故にかやうには説かるるやと存ずる
に只人をはばからず経文のままに法理を弘通せば謗法の者多からん世には必ず三類の敵人有つて命にも及ぶべしと見えたり、其の仏法の違目を見ながら我もせめず国
主にも訴へずば教へに背いて仏弟子にはあらずと説かれたり、涅槃経第三に云く「若し善比丘あつて法を壊らん者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法
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  • 2014/08/13(水) 08:03:56.09
の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」と、此の文の意は仏の正法を弘めん者・経教の義を悪く説かんを聞き見ながら我もせめず我が身及ばずば国主に申し上
げても是を対治せずば仏法の中の敵なり、若し経文の如くに人をも・はばからず我もせめ国主にも申さん人は仏弟子にして真の僧なりと説かれて候、されば仏法中怨の責を免れんとて・かやうに諸人に悪まる
れども命を釈尊と法華経に奉り慈悲を一切衆生に与へて謗法を責むるを心えぬ人は口をすくめ眼を瞋らす、汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ是を以て章安大師云く「
寧ろ身命を喪ふとも教を匿さざれとは身は軽く法は重し身を死して法を弘めよ」と、此の文の意は身命をば・ほろぼすとも正法をかくさざれ、其の故は身はかろく法はおもし身をばころすとも法をば
弘めよとなり、悲いかな生者必滅の習なれば設ひ長寿を得たりとも終には無常をのがるべからず、今世は百年の内外の程を思へば夢の中の夢なり、非想の八万歳未だ無常を免
れず〓利の一千年も猶退没の風に破らる、況や人間・閻浮の習は露よりも・あやうく芭蕉よりも・もろく泡沫よりもあだなり、水中に宿る月のあるか・
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  • 2014/08/13(水) 08:05:18.39
なきかの如く草葉にをく露のをくを誡むる人かくの如くの徳あり、されば今の世に摂受を行ぜん人は謗人と倶に悪道に堕ちん事疑い無し、南岳大師の四安楽
行に云く「若し菩薩有つて悪人を将護し治罰すること能わず乃至其の人命終して諸悪人と倶に地獄に堕せん」と、此の文の意は若し仏法を行ずる人有つて謗
法の悪人を治罰せずして観念思惟を専らにして邪正権実をも簡ばず詐つて慈悲の姿を現ぜん人は諸の悪人と倶に悪道に堕つべしと云う文なり、今真言・念仏・禅・律・の謗人をたださず・いつはつて慈悲を現ずる人・此の文の如くなるべし。
爰に愚人意を竊にし言を顕にして云く誠に君を諌めて家を正しくする事・先賢の教へ本文に明白なり外典此くの如し内典是に違うべからず、悪を見ていましめず謗を知つ
てせめずば経文に背き祖師に違せん其の禁め殊に重し今より信心を至すべし、但し此経を修行し奉らん事叶いがたし若し其の最要あらば証拠を聞かんと思ふ、聖人示して云く今汝の道意を見るに鄭重・慇懃なり、所謂諸仏の誠
諦得道の最要は只是れ妙法蓮華経の五字なり、檀王の宝位を退き竜女が蛇身を改めしも只此の五字の致す所なり、夫れ以れば今の経は受持の多少をば一偈一句と
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  • 2014/08/14(木) 21:58:52.60
おまい創価?
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