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  • 340
  •  
  • 2018/04/18(水) 21:51:27.26
>>339 追記

下記の事件が、古代日本に於いて大麻による神事が衰退し陰に隠された原因。

しかし、神道での大麻の伝統は脈々と受け継がれ現代に続いている。

忌部氏
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8C%E9%83%A8%E6%B0%8F

氏族名の「忌(いむ)」が「ケガレを忌む」すなわち「斎戒」を意味するように、
古代朝廷の祭祀を始めとして祭具作製・宮殿造営を担った氏族である。

延暦22年(803年)[原 9]には忌部宿禰浜成の申請によって「斎部」と名を改めた[3]。

中臣氏との争いは、大同元年(806年)[原 10]には「両氏相訴」という事態にまで発展し、
同年の勅命により祈祷は両氏、常祀以外の奉幣使も両氏を公平に用いることと定められた[3]。

そして大同2年(807年)には斎部広成によって『古語拾遺』が著され、斎部氏の伝統と
中臣氏批判がなされた[3]。

しかし以後も斎部氏は中臣氏の勢力に押され、歴史の表舞台には見えなくなる。
現在、忌部氏は徳島県に在住し(阿波國一の宮 大麻比古神社がある)、
天皇陛下が即位に使う大麻畑を持ち、麁服(あらたえ)を制作している。

ここまで見た

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